第198話 寂れた都市ポトラム

 ヨハネが新しい従業員を確保している間、アズ達は目的地へと向かっていた。

 まず鍛冶屋で装備を回収する。


「大事に使ってるじゃないか」


 ヨハネの事を昔から知る職人はそう言ってアズに剣を返した。

 封剣グルンガウスは綺麗に磨かれ、鏡のようにアズの姿を映す。


「そうですか?」

「ああ。刃毀れもない。武器は大事に使えば必ず応えてくれる」

「これからも大事に使います」


 アズがこの剣を手に入れてからずっと一緒だった。

 ヨハネの母の形見と引き換えになった剣。

 共に成長してきたという気持ちがある。


 最初こそ、この剣の力を碌に扱えなかったが、今では切り札の一つと言える位になった。

 魔力がもっとあれば良いのだが、こればかりは才能と地道な成長が必要だ。


 一度試しにアレクシアに全力で封剣グルンガウスを使って貰った時は、裏庭に大きな痕が出来て大変だった。


 アズが持つよりもアレクシアが持った方がという話もした。

 アレクシア曰く良い武器だが繊細すぎるらしい。


 戦斧位雑に扱える方が彼女には良いようだ。


 防具も受け取り、準備が整った。

 ポータルを使用し、王国首都へ。そしてそこから更に北へと移動する。

 目的地は王国の最北端だ。


 立て続けにポータルを使用すると酔うと聞いていたが、確かに少し気分が悪い。

 エルザが回復の奇跡を行った後、全員で水を飲んで一息する。


 カサッドでは地図が手に入らなかったので、現地で手に入れることになった。

 そこは都市というには少し寂れすぎている場所だ。


 嘆きの丘に最も近い都市ポトラム。


 城壁は柵を少し頑丈にした程度のもので、放牧している様子が中からでも伺える。


 使用料を払い、ポータル小屋から出ると周囲の人間が一瞥してくるが、すぐにそっぽを向く。


「妙な場所ですわね。冒険者が珍しい訳でもないでしょうに」

「田舎だと他人が気になるみたいですから、それじゃないですかー?」

「エルザさん、そういう事は小声で……」


 アズが慌てて周囲を見るが、どうやら聞かれなかったようだ。

 ホッと胸をなでおろす。

 改めてポトラムの町並みを見つめる。


 良く言えば物静かな都市。悪く言えば寂れた田舎。


「宿位はありそうですけど、ここで色々を集めるのは無理ですね」


 ヨハネの店の様な道具屋は見当たらなかった。

 生活必需品を並べている店が幾つかあった程度だ。


 地図も手に入らなかったが、酒場と一体になった冒険者組合で目的地の場所は判明した。

 酒臭いおっさんの息を我慢しながら、職員に嘆きの丘の位置を聞き出す。

 目的を果たし、慌てて酒場から出る。


 あと少しあの場に居れば、アズやアレクシアのお尻、或いはエルザの胸を触ろうとしてきた酔っ払いを殴ってしまうところだった。



「昼間から酒場に入り浸るなんて、どうかしてますよ」

「まぁ、この辺は娯楽もないでしょうし?」

「彼等はサボってるだけだと思いますわよ」


 ヨハネ以外に触られるなんて冗談じゃないと思う。

 もし本当に触られていたら全力で反撃してしまっただろう。


 そうなったら色々と厄介だ。


「冒険者の人は少なかったですね。居ても酔っ払いでしたが」

「近くに嘆きの丘っていう迷宮があるのに、不思議ねー?」

「それだけ中級以上の冒険者が少ないということですわ」


 嘆きの丘は安定して稼げるが、難易度は少し高い。

 出てくる魔物が強く、やり過ごす場所も少ないので純粋な戦闘力が求められるのだ。


「ここだと食事も麦を煮たものか、燻製肉と酢漬けの野菜みたいでしたし。もうこのまま向かいますか?」


 持ってきた食料にも十分な余裕がある。

 わざわざ不味い食事をしてから出発する位なら、現地で携帯食料を齧りながら戦果を増やす方が良い。


 アズの提案に他の2人も頷く。

 ここは余り長居したい場所ではない。


 早速移動を開始する。

 徒歩で数時間ほど移動する。

 道中の魔物は今まで戦った事のない魔物ばかりだった。


 枯れ木が踊りながら囲んできたときは一瞬目を疑ってしまう。

 尤も、アズ達の敵ではなかった。


 エルザのメイスが特に効きが良く、枯れ木の魔物達は次々と粉砕されていく。


「山が近いからか植物系の魔物が多いですわね。嘆きの丘の魔物は確か……」

「スライム系の魔物と、後は鎧を着たアンデットですねー」

「戦場の跡地に出来た迷宮なんですよね?」


 酒場で聞いた情報を確認する。

 古い時代、国同士が嘆きの丘の場所で戦端を開き、血で血を洗う結果になったという。

 その被害の多さからか怨念が渦巻き迷宮化してしまった、とか。


「そういう逸話があるというだけですねー。実際はなんとも」

「ですわねぇ。迷宮がどうやって出来るのかも分かっていませんしね」

「そういうものですか」


 小麦粉に芋と蜂蜜を混ぜ、焼いて水分を飛ばした物を齧る。

 携帯食料の中でも栄養はあるが喉が渇くのが欠点だ。


 幸い、魔導士のアレクシアが居るので水には困らない。


 川を越え、魔物を倒し、小さな森を抜けた先にそれはあった。


 不自然な程隆起した丘だ。

 霧か何かで奥まで見えない。

 迷宮特有の嫌な気配が漂っている。


「行きましょう」


 アズは荷物を背負いなおし、剣の柄に手を掛けながらそう言って前に進んだ。

 すると、一歩足を踏み入れた瞬間空間が揺れる。


「これは……」

「大丈夫。高位の迷宮ほど空間がずれているだけ」


 驚くアズの肩をエルザが支える。


「……エルザは迷宮に詳しいんですわね?」

「そうかな? たまたまだよ」


 アレクシアからの追及をそう言って回避する。

 アズも気になったが、前方を見て切り替えた。


 魔物が二体、こちらに向かってきていたからだ。


 ガシャガシャと音がする。

 金属製の鎧と剣を持った、騎士だ。


 但し、その鎧の中に居るのは死体だった。


「構えてください。戦いますよ!」


 アズの声でエルザが祝福を唱え始め、アレクシアが魔法の準備を始める。


 アズはいつも通り、敵の意識を向ける為に剣を抜いて敵へと突撃した。


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