第197話 新しい従業員

 店内から迷宮に行くために必要な商品を次々回収していく。

 何を取ったかは記録しておいて、後で帳簿に記しておかねばならない。


 隣で一緒に歩くアズと話し、あれこれと取捨選択していく。

 最初の頃はヨハネの方で予想できる必要な物を詰め込んで持たせていたが、やはり容量を圧迫していた。


 今では3人とも見た目以上に収納できる魔道具の鞄を持たせているが、それでも無限ではない。

 これから向かう嘆きの丘という迷宮はなるべく沢山戦利品を拾えた方が良い。


「エルザが居るから解毒剤は少しで良いか」

「ですね。1人二個もあれば心配ないと思います。やっぱり司祭様が居ると心強いです」

「いざという時は頼りになるしな」


 店内からアズ達の鞄に入れる品物は、元値でヨハネが買い取りになる。

 費用としてはこれだけなので、やはり他の冒険者に比べると経費的に有利と言えた。


「武器や防具はどうなった?」

「海水や潮風で少し傷みがあったと聞きましたけど、きちんと直してもらえました。出発する時によって回収するつもりです」

「そうか。ならいい。料金は俺に回せ」

「分かりました。ありがとうございます」


 アズ達が持つ武具の所有権はヨハネになる。

 権利的にはそれを貸し出している状態なので、お礼を言われる筋合いは実はない。


 自分の物を治して自分でその金を払っているに過ぎない。

 だが、愛着を持つのは良い事だ。


「大事に使ってくれればいいさ。それに壊してもいいから必ず帰ってこい」

「はい。絶対戻ってきます」


 そう言うアズの頭を優しく叩く。


 必要な道具や消耗品を選定し、用意し終わった。

 普通に買えば金貨10枚位になるだろうか。

 命綱となる高級ポーションが兎に角高い。


 中級から冒険者が激減する理由が分かる。

 金貨10枚かけて道具を用意し、もし何の成果も得られなければ……。


 中級までくれば護衛などの仕事にも事欠かない。

 軍に志願すればそれなりの階級に付けて貰える。


 先を目指さなくなるのだ。


 仮に結果を出す為に続けるとしてもカツカツの懐の場合、借金して用意する事もある。それで返せなければ、当然その先は。

 冒険者が奴隷落ちするケースはこうして発生するのだなとヨハネはふと思った。


 うちの奴隷がそうなる危険はない。

 最悪、身一つでもいいから帰って来てくれればなんでもする覚悟だ。


 奴隷を買い、身柄を引き受けた責任がある。


 エルザとアレクシアも準備を終わらせ、裏口で集まる。

 全員の鞄に必要な物は収納済みだ。


「ここから先はアズに任せる。いいな。無茶はするな」

「分かりました。行ってきます」

「私が付いてますから、大丈夫ですよー」

「その自信はどこから出るのかしら。まぁ、頼りにはしていますけど」


 アズ達が出発する。

 それをヨハネは姿が見えなくなるまで見送った。


 アズとエルザが最後まで振り向いて手を振る。


「さて、距離から考えてあいつ等は暫く帰ってこないか」


 最初、特にアズが1人だった時は送り出す度に本当に帰ってくるのか不安だった。

 だが、何度かアズ達の戦いを見る機会があってからは考えを改めるようになる。


 元より信じて送り出すしかないのだ。

 ならば、アズ達が頑張っている間はヨハネは商人として本業を頑張り、より支援をしていく事が結果につながる。


 心配するだけでは何も解決しない。

 手を動かし、足を動かす。


 それが大切だ。


 という訳で、アズ達を見送った後に店で売っている焼き菓子を幾つか見繕い、孤児院へ向かう。

 これも自腹だ。


 元々は太陽神教が運営していた場所だが、彼等が居なくなった後は商人ギルドが運営を引き継いだ。


 商人ギルドが運営を始めた時、孤児院で預かった子供達に読み書き算術を習わせ始めた。働かざる者食うべからずという商人ギルドの理念の為だ。


 よく遊び、よく食べ、よく学ぶ。


 太陽神教が運営していた頃は、食べ物には不自由は無かったようだが殆ど教育はしていなかったと聞いている。

 言葉を最低限教え、後は太陽神教の教えだけをひたすら繰り返していたようだ。

 周囲の住民達は子供達を遠目にしか見ておらず、気が付かなかったらしい。


 ヨハネも商人ギルドの1人として運営を引き継いだ時に訪れたことがあるが、子供達がひたすら教えの言葉を繰り返していた様子は不気味だった。


 孤児院の扉をノックすると、商人ギルドが雇った管理人の中年女性が扉を開けた。

 ヨハネは商人ギルドのタグを見せる。


「何か御用で?」

「うちの店で1人預かろうと思う」

「そうですか」


 孤児院を引き継いだ時、商人ギルドの取り決めの1つとして就職先の支援が議題となった。

 子供達は成長する。

 大人になった後、そのまま孤児院に残られては困るのだ。


 それに色々な理由で孤児は無くならない。


 その為、商人ギルドに加盟している商人の店で預かるなら引き受ける様にと決まった。


 勿論、非道な扱いは容認しない。

 その場合はギルドからの追放もあり得ると付け加えて。


 それに、ヨハネの場合は住む場所も老婆からいずれ買う宿屋がある。

 そう、客を自分で用意すればとりっばぐれもないという打算もあった。

 老婆が管理を維持していたのですぐに住める。


 とりあえず今は安宿を借りて住まわせるしかないが。


 正直、これは慈善事業に近い。


 孤児院の管理人に焼き菓子を渡す。

 今渡すと食べてしまうので食事の時に配るようだ。


「それならこの子はどうでしょうか? 計算が早いし、物覚えも良い」


 そう言って連れてこられたのは、1人の少女だった。

 茶色の髪に、利発そうな顔。


「年長の子です。そろそろ15歳になるので」

「カナハ。カナハ・カローリンクです」


 そう言ってカナが頭を下げる。


 孤児院は16歳まで。

 そろそろ出ていかねばならない時期だ。


 丁度良いという事か。


「うちの店で働いてもらうつもりだ。真面目に働けばきちんと給金も出すし、住む場所も用意する」

「お願いします。あの、働き始めた後のお休みにまたここに来ても良いですか?」

「働いている時間以外は好きにしろ」


 奴隷ならまだしも、従業員に対して仕事以外で束縛するつもりはない。


 すぐに決まり、うちの従業員として預かる事になった。

 カナハの荷物は少ない。

 小さな袋に収まる程度だ。


 店の近くの宿を一室借り上げ、そこに暫く住むように告げる。


「明日から、朝にあそこの店に来い。今日はこれで食事を食べて身の回りの物を揃えておけ」


 カナハに銀貨の入った袋を渡す。

 制服は用意しているが、靴や下に着る服などは自前で用意する必要がある。


 だが、アズ達ならともかくカナハにそこまでするつもりはないので、金だけ渡した。

 15歳なら、この金を持って逃げればどうなるか位は分かるだろうし。


 市民権もある。金を稼ぎ、自立するのが楽しいと分かれば仕事も頑張れるだろう。




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