第199話 雑魚とは思えない
立派な鎧に身を包んだ騎士の動きは鈍い。
アンデッドだからだろうか。
ゆっくりとこちらへと向かってくる。
剣を振れば届く位置にまでアズが近づくと、盾を前にし、アズへ向けて押し出してきた。
盾は大きい。それにアンデッドだから力勝負は不利だ。
アズは右手側に岩を見つけると、そちらへと跳ぶ。
岩の頂点に右足を置き、力を込めてもう一度跳ぶ。
大きな盾を乗り越えると、目が合った気がした。
虚ろな白く濁った眼。
だが、そこには明確な意思があった。
人間に対する殺意。悪意。
目が合ったのは一瞬だが、それだけで背筋がゾクッとした。
騎士ゾンビの後ろを取る。もう一体はまだずっと後ろに居るので警戒の必要はない。
振り向いて来たところを狙い、露出している顔を剣で突く。
鈍い感触もつかの間。剣が奥まで貫通し兜に当たる。
しかし、騎士ゾンビはその状態のまま左手に持っていた剣をアズへと振り抜いてくる。
「上位のアンデッドはそれ位じゃ止まらないよ!」
エルザの大きな声が聞こえてきた。
アズは剣を引き抜こうとしたが、騎士ゾンビは盾を捨ててアズの剣を掴んで放さない。
万力で固定されたかのようにビクともせず、アズは相手の剣を回避するために一度手を放す。
毛先が相手の剣に触れ、僅かだが銀の髪の毛が舞った。
ヨハネが褒めてくれた髪だ。
アズは怒りを込めて全力で手放した剣の柄を右足で蹴り飛ばす。
剣が貫通し、兜が浮く。
腐った顔が露出した。
それを左足で蹴り飛ばしながら、右手で再び剣を握り引き抜く。
騎士ゾンビはたじろいだ後、アズの左足を捕らえようとするがもう既に距離をとっている。
先ほどの感じからして、一度掴まれるともう振りほどけない。
物理的なダメージはあまり効果がないようだ。
以前戦ったカタコンベのアンデッドとは違う。
四肢や首を落とさなければ意味が無い。
だが、アズ一人で倒す必要はない。
エルザが祝福をアズとアレクシアに施した後は浄化の奇跡があるし、アレクシアの火の魔法は強制的に灰に返す。
アズの仕事はダメージを与えて自分にヘイトを向けさせることだ。
もう一体の騎士ゾンビが大分近寄ってきた。
このままだとアズが挟まれる形になる。
「火の魔法、行きますわよ!」
アレクシアの声と共に、火球が放たれた。
兜を失った騎士ゾンビが魔力に反応したのか振り向く。
そして剣を両手で構え、火球を迎撃しようとした。
何が脅威で、どうすれば良いのかを知っている動きだった。
(ただのゾンビじゃないんだ……!)
アズは相手の脅威度をより高く据える。
このままだとアレクシアの魔法は迎撃され、効果は殆ど無くなる。
そうするとアズは挟み撃ちにされ、一気に不利になってしまう。
封剣グルンガウスに魔力を籠め、肩を狙い鎧の上から叩きつける。
剣が相手の鎧に触れるより早く力を開放させ、姿勢を崩すことに成功した。
そのまま騎士ゾンビを盾にし、アレクシアの火球を受ける。
頭から火球にぶつかり、うめき声とも悲鳴ともとれるような声を出して動かなくなった。
頭は完全に炭化している。
流石に倒せたと思う。
もう一体の騎士ゾンビは槍を構えていた。
こっちとはリーチが違う。
剣を握り直し、どう攻めるかを考えているとエルザがいつの間にか隣に居た。
「これ使ってね」
そう言ってエルザが聖水をアズの剣に振りまく。
そうだった。カタコンベの時もそうしていたのを忘れていた。
少し気が逸りすぎていたのかもしれない。
エルザの方を向くと、何時もの柔らかな笑顔でアズを見ていた。
少し深呼吸し、息を整える。
聖水をきちんと使っていれば最初の攻撃で倒せていたか、或いはもっとダメージを与えれていた。
集中し、頭を使わなければ。
リーダーは自分だ、とアズは決意を新たにする。
「浄化で倒すから、少し相手してくれる?」
「分かりました。お願いします」
騎士ゾンビが近づいてくる。
あと少しで槍の射程だ。
エルザに狙いが行かない様に、アズが一歩前に出る。
そこが槍の射程だった。
先ほどの剣を持った騎士ゾンビよりも鋭い動きで槍を突いてくる。
だが、アズの動体視力はそれを捉え、身を捻って回避し槍の腹を剣で払う。
槍が大きく弧を描き、強引に力で引き戻される。
その間無防備になるのを嫌ったのか、盾を展開してきた。
四角く大きな盾は攻撃を通さない。
アズは盾に対し、そのまま剣を叩きつけて魔力を開放する。
盾に傷を付け、僅かだが逸らして無防備な状態へと持ちこむ。
顔以外は鎧に包まれ、顔に攻撃を受けてもアンデッド故にそう簡単には倒れない。
だが、司祭による浄化はアンデッドにとって文字通り致命傷となる。
エルザはロザリオを握り、浄化の奇跡を騎士ゾンビに向ける。
怨念に満ちた顔が灰へと変わっていき、消失していく。
「ふぅ。これで倒せたかな?」
「ですね。ありがとうございました」
「お礼なんて良いよー」
一瞬目を放した瞬間、頭を焼かれた騎士ゾンビが立ち上がろうとした。
アズが剣を構える前に、アレクシアの火を纏った戦斧が頭を完全に砕き、体も焼き尽くす。
「気を抜くのはちょっと早いですわ」
「ごめんなさい」
アズが頭を下げる。
警戒はアズの仕事だ。
アレクシアはアズの肩に手を置く。
「良くやってますわよ。私達のリーダーは」
「アレクシアさん……」
「うーん、確かに結構強いね」
「そうですね。それに知性を感じるというか」
戦ってる最中、明らかに相手が優先順位を持っている感覚があった。
これが難易度の高い迷宮の魔物なのか。
「確かに強いですけど、基本を守れば大丈夫ですわ」
アレクシアがそう言ってアズの不安を和らげる。
倒した魔物に目を向けると、装備の破片らしきものが転がっていた。
どうやら装備丸ごとは手に入らないらしい。
迷宮の中は本当に不思議な空間だ。
ミスリル製の破片を拾い、鞄にしまう。
それに加えて勲章らしきものが落ちていた。
生前の騎士が持っていたものだろうか。
金が使われているのでこれもお金になるだろう。
一緒に拾っておこう。
まだ攻略は始まったばかりだ。
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