第181話 依頼大成功!

 穴の大きさは人一人が潜り抜けられる程度だった。

 アズは持っていた箱をアレクシアに預け、穴に両手を伸ばして掴みと腕の力で全身を引っ張り上げる。


 穴から這い出たアズが見たのは、周囲を海に囲われた小さな岩礁だった。

 振り向くと洞窟のあった小島が見える。


 どうやらあそこからここまで移動してきたらしい。

 海から突き出た岩礁はそれほど大きくない。


 アズはアレクシアから箱を受け取り、その後でアレクシアに手を貸して引っ張り上げた。

 2人で立つと少し狭い。


「地下は広かったんですけど、ここは狭いですね」

「ですわね。まあ立てる場所があっただけマシですわ」


 アズは頷く。

 大きな生物は、アズ達が登ったのを見届けるとゆっくりと地底湖に潜っていく。


「あれは何だったのでしょうか?」

「さぁ……? なんにせよ友好的で助かりましたわね」


 穏やかな気性に見えたが、あの大きさで暴れられればどうなっていた事か。

 使徒の力は今は使い切ってしまっている。


 無事に済んで良かったと胸をなでおろした。


「泳げない距離ではないけれど……これを持ったままはちょっと難しいですわ」

「どうしましょうか。置いていって回収できる保証はありませんし」

「満ち潮でここが沈む可能性も考えると、どうしたものか」


 真珠や珊瑚が詰まった箱が2つ。

 鑑定眼など持たないアズとアレクシアから見てもかなりの価値があるのが分かる。

 最悪の場合はここに置いていってなかったことにするのだが、出来れば持って帰りたい。


 折角の戦利品なのだ。


「うーん……? あ、もしかして」


 アズは海を見て閃く。

 一歩海に足を踏み入れると、僅かだけ靴が海に沈むがそこで止まった。


「あら? 浅いのね」


 アレクシアも足を踏み出す。

 下の空間があれだけ広かったのだ。海面には出てこずとも、すぐ下に足場があるのは当然だった。


「歩いていけそうですね」


 一歩踏み出す。

 足首まで海水に浸かっているものの、ブーツを履いているので問題ない。


 どうやら島までずっと浅瀬になっているようだ。

 そういえば小島に移動する時、随分と回り道をしていたのを思い出した。


 この辺りが浅瀬になっていたから迂回していたに違いない。


 なんにせよ助かった。

 アレクシアと時折話しながら移動し、小島へ向かう。


 太陽が高く昇っている。

 もう昼時と言っても良い時間帯だ。


 夜通し戦闘と探索をしていたことになる。

 気を抜けば眠気が押しよせてきて、アズは大きなあくびを左手で隠す。


「眠いようね」

「はい……思いっきり寝たいです」

「それはある意味一番の報酬ですわね」


 ようやく小島に到着すると、奥からエルザが駆けてきた。


「良かったー。心配したんだよ」

「そっちこそ大丈夫ですの?」

「ああ、怪我ならもう治ったから大丈夫」


 エルザはそう言って前髪を右手で持ち上げる。

 怪我一つない綺麗な肌だった。


 だが司祭服についた血が、エルザの怪我があったことを物語っている。

 アレクシアの指摘でようやくエルザはそれに気付き。浄化の奇跡で血を落とした。


 えへへ、と照れ臭そうに笑う。

 頭を強打していたが、後遺症などもなさそうだ。


「オクトパスはバラバラになってしまいましたが……。クラーケンの死体はありますし、これを明日来る船乗りの人に見せれば依頼完了ですね」

「あれについては依頼外ですし、特に気にしなくて良いでしょう」

「お腹も減りましたし、もうくたくたですわ。エルザの荷物に食べ物はある? 私達の荷物は海水でだめになってますの」


 待っててね、と告げてエルザが荷物を取りに戻る。

 アズとアレクシアは岩場に腰かけ、息を吐く。


 疲労が息と一緒に抜け出ていくようだ。

 潮風が太陽の日差しと疲れで火照った体を冷ましてくれた。


 少ししてエルザが戻ってくる。

 大きめの黒パンと干し肉が入っていたので、黒パンに干し肉を挟んでそれを3人で分けて食べた。


 大した食事ではなかったが、仕事をやり遂げた満足感からか美味しく感じられる。


「美味しいですね」

「多分汗をかいたから塩気が欲しいんだと思うよ」

「そこは3人で食べたからにしておきなさいな……」


 手短に食事を済ませる。

 洞窟の中はクラーケンの死体の匂いが広がっていたので、入りたくなかった。

 それにやる事もない。


 アズは靴と靴下を脱ぎ、海に足を入れる。

 あまり海を満喫できなかったので、ここで少し遊ぼうという魂胆だった。


 小さな砂浜がある場所は比較的浅い。


 ヨハネが居ないのはつまらないが、海に浸かりながら周囲を眺めるのは雄大な自然が身近に感じられた。


 エルザもアズを追いかけて、司祭服の裾を上げて海に入る。

 アレクシアはそんな二人を眺めていた。 

 

 しばらく疲れも忘れて海と戯れ、夜は思いっきり寝た。


 波の音が心地よいリズムで眠気を誘い、見張りも忘れて3人とも深く眠る。

 次の日、迎えに来た船乗りに起こされるまで起きないほどに。




 船乗りがクラーケンの死体を確認して依頼完了となった。

 ここで得たものは全てアズ達のものになるという契約なので、箱もアズ達のものだ。


 残念ながらクラーケンからは何も得られなかった。

 イカは食べられるのだが、クラーケンは身に渋みが強すぎるのだ。


 船に乗って戻る途中に、船乗りに謎の生物の事について尋ねてみた。

 エルザが何それ聞いてないとわめくのをアレクシアが抑える。


「あー、それは運が良いなあんた等。見かけたら幸せになれるっていうネッシーだよ」

「ネッシーですか?」

「船が壊れて困った漁師を助けてくれたり、姿を見たら大漁で帰れるっていうありがたいやつさ。最近見たって話を聞かなかったが……クラーケンが暴れてたから引っ込んでたのかもなぁ」


 どうやら元々友好的な生き物らしい。

 アズ達を助けてくれたのは気性によるものか、クラーケン退治のお礼か。


 不思議な体験をしたなとアズは思った。


 無事戻り、ズーカシーから感謝の言葉と依頼料を受け取る。

 すぐさま海への立ち入り禁止が解かれ、観光客たちが海へと向かう。


 アズ達がクラーケン退治をしていた時、こちらで魚の魔物の駆除が行われたようだ。

 魔物一匹いないと断言していた。


 依頼料を右手に、ヨハネの元へ戻る。

 すると、浜辺でヨハネと何故か水着姿のフィンが大きなスイカを齧っていた。

 余程黒が好きなのか、黒い水着だ。


 ヨハネが3人に手を振る。


「お疲れさん。お前達の分もあるからな」


 そう言って氷水に浮かんだ半玉のスイカを差し出す。

 フィンが短剣を太腿に付けたベルトから抜き、半玉のスイカを食べやすいようにカットする。


 アズをちらっと見た後、新しいスイカをひと切れ持ち、口をつけた。


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