第175話 海のアクセサリー
宿に戻った後は静かに過ごした。
強い日差しの下で動き回るのは思ったより体力を使うらしく、アズ達はともかくヨハネが大分疲れていた為だ。
高い宿でゆっくりするのもバカンスの醍醐味だ、と言い張り即横になってしまった。
「海でも魔物が出るんですね」
「まあ、そうねー。魔物が居ない場所は生命が存在しないってことだから」
「それは初耳ですわね?」
「あはは、そういう仮説があるだけだよ。創世王教は歴史が長いから。太陽教はどうかはしらないけれど……」
エルザはそう言って、それ以上は何も言わなかった。
一番秘密が多いのは間違いなくこの司祭ですわね、とアレクシアは思っている。
既にほぼ消えかけている宗教、それも地方で奉仕している司祭にしては知見が広すぎるのだ。
アズは特に気にしていないようだった。
頼れる司祭だからというのも大きい。
「うーん、魔物が居なくなったら私達の仕事も減っちゃいますし」
「それはそうですわね。別に好んでしている訳ではありませんけど」
「とりあえず今はこんな感じで良いんじゃないかな。いずれどうなるのかはご主人様次第だけどね」
エルザはそう言って横になっているヨハネの方を見る。
話し声は聞こえている筈だが、反応は無い。
完全に寝てしまっている様子だった。
「まぁ、あの性格なら要らなくなったらぽいはされないと思うよ。ちゃんと言葉にもしてくれたしね」
「はい。その心配はしてません」
以前はこういった話題でアズの目に揺らぎがあった。
しかし今ではそんな様子は一切無い。
「強くなったね」
「子供は育つのが早いですわ」
「えと、ありがとうございます?」
やがて日が落ちてきて、空が真っ赤になった。
雲も、海も、夕日に染まっていく。
アズは眠っているヨハネを起こす。
「見てください、奇麗ですよ」
海に向かって日が沈んでいく景色は、ただひたすらに雄大で美しい。
起きてそれを目にしたヨハネは何も言わず、じっと見つめていた。
アズはその隣で、夕日を見つめるヨハネを見ている。
「来てよかったな」
「ですね」
夕食は宿から提供されたものを食べる。
昼にアズとエルザが食べた魚の魔物の塩焼きに、立派な青魚の刺身。
そして、ライス。
「魚って生で食べれますの?」
「食べれないものを出さないだろう」
「それはそうですけど」
一悶着あったものの、最終的にヨハネが毒見する事になり無事食べれることが分かった。
そもそもエルザの清浄の奇跡があるのだから、要らぬ心配だったのだが。
次の日、危険な魔物であるクラーケンが出現した為海辺に近づくことが禁止された。
犠牲者が出てからでは遅いので当然の処置だ。
幾つか抗議はあったものの、観光地として栄えてきただけあって海以外にも遊ぶ場所は豊富だったようでそちらに人が分散したようだ。
だが、あくまでメインはこの海だ。
長く封鎖が続けば訪れる観光客は減り続けてしまう。
大変そうだなと他人事ながら同情を禁じ得ない。
フルーツを齧りながら4人で店が集まっているエリアに足を踏み入れた。
昨日はこっちには足を伸ばさなかったので丁度いい。
まずは海のアクセサリーを売る店を覗く。
真珠や珊瑚を加工した海ならではの品物が並べられている。
その展示の仕方も工夫されており、より見栄え良く。それでいて手に取りやすいようになっていた。
勉強になるなとじっと眺めていると奥から店主の女性が出てきた。
「何か気に入りましたか?」
「いやぁ、見事な品物ばかりだなと感心していました」
アレクシアが普段との様子の違う視線を向けるがヨハネは無視した。
これは営業に必要な技能なのだ。
これが出来ないとそもそも話にならない。
「そちらのお嬢さん達に?」
「それも考えていました。それとは別に幾つか国へ持って帰りたいと思うのですが」
スパルティアは宝石やそれを加工した装飾品は国が管理していた為、数が限られているとはいえ仕入れるのも楽だった。
だがこういう観光地では店の人間に気に入られないと仕入れるのは不可能だ。
お土産として買うだけならばいいが、数を買うとなると向こうも相手もいくらでも居るという話になる。
「うーん、お嬢さん達にプレゼントする分は売ってあげられるけどそれ以上はね。何時もなら別に構わないんだけど、今はちょっと」
「そうですか、残念です。ではこの辺りのものを下さい」
ヨハネはそう言って装飾品を購入し、代金を払う。
3つ購入し、代金は金貨8枚。
安くはない。それどころか結構な額だ。
店を離れると、それぞれに一つずつ渡した。
アズには一組になっている青い珊瑚のイヤリングを。
エルザには真珠のリングを。
アレクシアには翆色の珊瑚を加工した髪飾りを。
「やるよ。バカンスの記念だ」
「っ、ありがとうございます!」
「あら、ありがたく貰っておきますわ」
「嬉しい、似合いますかー?」
早速それぞれ身に着けると、それぞれの魅力を引き立てた。
「良く似合ってるな。値段の価値はあったか」
「高かったですよね……良いんですか?」
「たまに還元しないとやる気も出ないだろ。何のために働いているのか分からなくなると特にな」
「その考え方は大事ですわよ。人はやりがいでは動きませんもの。アズ位素直ならともかく」
「霞を食べて生きてはいけませんからねー」
「普段の生活でもそれなりに還元していると思うんだがな?」
仕入れを諦め、ぶらぶらと店をはしごする。
中にはちょっとした賭け事が出来る店もあったが、意外にアレクシアが弱く、エルザが強かった。
それ以上にアズが強く、やんわりと追い出されてしまう。
「目で追ってたら大体勝てます」
「それはお前だけだと思うぞ……」
アズの目は優れた、というには優秀すぎる。
それが戦いでのセンスに繋がっているのだろう。
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