第174話 クラーケン、退治してくれないか?

 よくよく話を聞いてみると、警備をしていた人達はどうやら海の家で雇われた冒険者達だったようだ。

 酒に酔って暴れる観光客もいるので、腕っぷしも必要なのだろう。


 そう言えば手伝いの依頼があった気がする。

 あれは警備の募集だったのか。


「俺は毎年この時期にこの依頼を受けてるんだが、こんな事は初めてだよ」


 そう言ったのはガタイの良い、日に焼けた冒険者だ。


「最初は魚の漁獲量が減ったって話だったんだ。それから少しして、魚の魔物が目立ち始めてな」

「頭がトゲみたいになった魚か?」

「そうだ。ああ、あんた等も見たのか? まあ魔物と言っても危険は少なかったし、別に食料になるからそれは良いんだが……。この海辺も見ての通り解放されてるしな」


 浜辺に来ない様に網なども使っているらしい。

 観光客で賑わう場所だけに、危険の少ない魔物が現れた程度では閉鎖したくないとのことだった。


 更に聞くと、沖に網を張る事で殆ど防げていたのも大きいだろう。

 店は海の家だけではない。一日で金貨がどれだけ動くのか考えれば気持ちは分かる。


 注意書き位は欲しかった気がするが。


「その時はまあ不思議な事もあるなで終わったんだ。調査しようにも出所がいまいち分からなかったしな。だが、最近になってあんたらが戦ったあの魔物……クラーケンが沖に出たんだ。人間を敵視してるのか魚を獲ってた漁船を壊して回ってな」

「浜辺には来たことが無かったのか?」


 そう聞くと、ガタイの良い冒険者の男は首を振った。


「まさか。あんな魔物が浜辺に出るとなったら海水浴どころじゃない。恐らく明日から遊泳禁止になるだろうな」


 それはそうだなと思った。

 現にアズは一度クラーケンに捕まって宙釣りにされてしまった。

 もしアレクシアが居なければ危なかったかもしれない。


 流石に剣を持った状態なら遅れは取りそうもなかったが。


「それにしても、あんた等やるじゃないか。怪我もなさそうで何よりだよ」

「俺はともかく、こいつ等は冒険者だからな」


 そう言って右手の親指で3人を指さす。

 見た目はとてもそうは見えないが、この3人は相当な実力者だ。


「ほお」


 どういう関係なんだ、と思いつつも、深くは踏み込まない。

 それなりに思慮深いようだ。


「クラーケンとの戦いで詳しい話を聞かせて欲しいんだが、ちょっと来てもらっていいか?」

「構わない。ただこの格好のままはちょっとな」


 4人とも水着のままだ。

 海辺でこの格好ならまだいいが、この格好で事情聴取じみたことは恥ずかしさがある。


 奴隷達に視線も集まっている事だし、上着位は着ていきたい。


「分かった。少し待ってるから準備してくれ」


 そう言われたので荷物と上着を回収する。

 椅子などは後で良いだろう。


 アズ達を改めて見る。

 上着を着たことで露出は下がったのだが、足はそのまま露出している。


 アレクシアはパレオで隠しているが、他の2人はそうではない。

 余計に視線を集めた気がするが仕方ないか、とあきらめる。


 日に焼けた冒険者についていく。

 名前はズーカシーで、海方面の依頼を専門に請けている冒険者だとか。

 専門性、か。考えた事がなかったな。


 やっている店も道具屋とは名ばかりで広く浅くやっている所為か手広くやるのが一番と考えていた節がある。


 アズ達の専門性か……。


 見た目から連想するといかがわしい妄想が思い浮かぶ。

 金は稼げるだろうが、今のような関係性は維持できないだろう。


 実績的にはやはり魔物退治だろうか。

 だが、魔物退治は特例を除くと時間を使って対価を得るような労働に近い。

 アズ達を使って依頼をこなしてきた結果を考えると、空き時間を埋めるにはいい仕事なのだが、それをメインにすると夢がないのが現実だ。


 稼いだ金を考えれば、やはり迷宮探索は欠かせない。


 ズーカシーの後ろを歩くと、沈黙が嫌いなのか色々話を振ってきた。

 この辺りの海は漁師並みに詳しいらしく、いかにこの海が素晴らしいかを説明してくれた。

 観光名所や特産品など暇つぶしには丁度良かった。


 少し歩いたところにあった待機所に通される。

 簡素な小屋だ。だが妙に新しい。

 恐らく観光に適した期間にだけ建てて、それ以外の時は解体しているのかもしれない。

 それならば維持費も要らないし、老朽化の心配もない。


 ズーカシーがまとめ役らしく、しばらくそこで何が起きたのか説明した。

 椰子の実が振る舞われたのには少しばかり驚いたが。


 一通り話が終わった後、神妙な顔をされた。


「なぁ、これは相談なんだが。良ければ力を貸してくれないか? 終わりの方だけ見たんだが、相当な実力があるとお見受けする」

「……そのためにあんた等がいるんじゃないか?」

「それはそうなんだが、あくまで警備がメインで魔物退治となるとな。俺はともかく」


 そう言って周囲を見る。

 気まずそうな冒険者が多い。

 恐らくこんな事態は想定していなかったという感じが見てとれた。


 ズーカシーはガタイも良いし、恐らく実力がある。まとめ役なのも納得の貫禄だ。

 だが他の面子には駆け出しらしき冒険者の姿も見える。

 あの弱い魚の魔物が多少出現しても対応できるだろうが、大物取りとなると不安が残る面子だった。


「報酬は?」

「今即答は出来ないが、危険に見合った分は出せると思う。地主とは知らない仲じゃない。向こうもクラーケンを排除したいだろうし、交渉する。戦いで得たものは勿論すべてそちらで良い」


 悪くはない話だった。


「アズはどうだ? 勝てそうか」

「勝てます」


 即答だった。


「大丈夫ですよ」

「そうか。……場所は分かるのか?」

「ある程度は絞れて来てるんだ。まさか浜辺には来るとは思わなかったが、逃げていった方向を考えるとすぐ分かるだろう。分かり次第連絡する」

「分かった」


 そこで話は一度終了し、小屋を出る。

 思ったより長く話していたようだ。日が傾き始めてしまった。


「宿に戻るか。流石に今日はどうにもならんだろう」

「ですねー。短いバカンスでした」

「呪われてたりしませんこと?」

「そんな筈は……」


 そんな事を話しながら宿に戻る。

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