第168話 海の食べ物
「うぅ、頭が割れそうです……」
「でしょうねー。ほら、白湯を飲むとマシになるよアズちゃん」
「ありがとうございます。癒しの奇跡は効かないんですか?」
「そういうのには利かないんだよねぇ」
エルザに渡された白湯を飲み、アズが一息ついた。
からかわれた事に気付いたのはかき氷を食べ終わった後だ。
海水がしょっぱい事をアズだけが知らなかったのだが、それを素直に受け取れずに意地になってしまった結果こうなった。
「まぁ、これで忘れることはないですわね」
「忘れたくても忘れませんよ。はぁ」
そう言って白湯を飲み干す。
ようやく本調子に戻ってきたようだ。
一行は先ほど観光地であるアマルフィの町に到着した。
四人で同じ部屋に泊まってくつろいでいる。
ヨハネは宣言通りアズ達が稼いだお金を還元して良い宿をとった。
というよりも来た時間が悪く、高級な宿以外は全て埋まっていたのだ。
予約なしの一見の客では高級な宿の部屋はとれないのだが、カソッドの商人ギルドに席があるヨハネは王国内でなら多少の信用がある。
現金前払いという制限はあったが、無事部屋を借りることが出来た。
二部屋借りるのは流石に厳しかったので6人まで泊まれる大部屋にする。
この辺りはいつもの事だった。
アズ達も別に気にしていない。
「わ、フカフカですね」
アズがクッションに座りながら驚く。
座った瞬間ゆっくりと沈んでいくその感触を楽しんでいる。
銀色の長い髪が揺れて、室内の明かりが反射した。
緊張もせず、随分と表情が明るい。
オルレアンの面倒を見ていた過程でアズの情緒もより豊かになった気がする。
ヨハネが近くのクッションに触ると、易々と手が沈んでいく。
「流石に良いもの使ってるな」
「なんだかんだと結局いつも節約するのに、本当に良いんですか?」
「たまにはな。いい機会だし飯も注文しよう」
「それなら折角だし楽しませて頂きますわ」
アレクシアは上機嫌にメニューをめくる。
エルザがその横で茶々を入れていた。
あれもこれもと候補を上げ、結局大半を頼む。
名物の料理を含めて沢山頼むと、少し経って宿の従業員が料理をテーブルに運んでくる。
大きめのテーブルが料理皿で埋まる様子は中々壮観だった。
料理の説明を受けてる間、食欲を刺激する匂いが部屋に立ち込める。
名物の赤魚を使ったカルパッチョや煮込み料理、特別なオイルを使ったパスタや海老が存在感を示すパエリアなど。
普段お目に掛かれないような料理の数々だった。
まだ目から楽しめる。
器用にヨハネとエルザが取り皿に料理をとり分けていく。
アズはまず海産物のサラダを受け取ると、小分けにされたドレッシングを垂らして一口食べる。
魚の切り身と新鮮な葉野菜が酸味の利いたドレッシングソースと交わり、大変な美味であった。
「生のお魚って美味しいんですね」
「川魚は生で食うなよ」
「ダメなんですか?」
「絶対だめだ」
「分かりました……」
そんな事を話しながら、料理に手を付けていく。
ヨハネが奴隷の為に作った料理は味は良いが見栄えは地味だ。
だからか、普段よりも食が進んでいる。
瞬く間に皿が空になっていき、サービスのトロピカルティーが届けられた頃には全て平らげていた。
高い宿だけあってサービスが行き届いており、何もせず皿などが片づけられていく。
普段ならば後片付けで少し手間暇をとられるだけに、ゆっくりと食事の余韻に浸れるのはありがたかった。
「美味しかったですねー。牛乳の氷菓子なんて初めて食べました」
「見事な腕ですわね。味付けも盛り付けも完璧でしたわ」
「こんな贅沢いいんでしょうか?」
アズがトロピカルティーを麦の茎で作られた筒で吸って飲む。
普段の生活ですら危険な代わりに割と豊かな暮らしをしているのだ。
今回のこれは既に想像を超えている。
そんなアズの呟きを聞いたヨハネは、フルーツを摘みながら笑った。
「勿論、これが終わったらまた頑張ってもらうからな。今は楽しめ」
「それなら……良いのかな?」
アズの疑問は虚空に消えていった。
根本的に贅沢に慣れていない。
扱き使われる事には慣れてきたのだが、甘やかされる事にはまだどう受け取って良いのか分からない部分がある。
「気にするだけ損ですわ。どうせ儲けるのも損するのもそこのご主人様なんですから。それよりシャワーを浴びて今日はもう寝ませんこと?」
「そうですそうです。明日は海で水着を買って泳ぐんですよね。体力を温存しないと」
食事が済み、少し喋った後でアレクシアの提案によりその日はお開きとなった。
シャワーを済ませると少し蒸し暑かったので窓を開けて眠る。
寝間着姿は艶やかだったが、ヨハネももう見慣れて何も感じない。
風が吹くたびに潮風で海の匂いが部屋に入り込む。
海特有の匂いは少しだけ生臭いような感じがしたが、次第に気にならなくなっていった。
やがて深い眠りに就く。
ヨハネ達が寝静まった後、真っ暗な海が揺れる。巨大な何かが海面からアマルフィの町を見ていた。
何の感情も感じさせぬ、鉛のような眼で。
やがてそれはゆっくりと海中へと潜り込む。
それに気付く人間は誰もいなかった。
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