第165話 金儲けの疲れは金儲けで癒す

 アズがエルザから解放されたのは、見慣れた都市の外壁が見え始めた頃だった。

 なんだかんだと長々と掴んで放さず、アズは若干フラフラになっている。


 都市カサッド。ヨハネは見慣れた景色に落ち着く気持ちを感じていた。

 前回戻った時は慌ただしく出発する事になったので、あまり戻った気がしなかったのもある。


 オルレアンを公爵の荘園に円満に戻すことも出来たし、公爵夫人から直接指定された品物も納品出来たので一安心だ。


 もし行き場がなければ面倒を見るつもりだった。

 頭も悪くないし、手先も器用で素直に言う事も聞く。


 店員として雇っても良いと思ったし、その為なら身元を引き受ける位の事はするのもやぶさかではない。

 結果的に不要な心配だった訳だ。


 カサッドの門番に市民証を見せて中へと入る。

 交易の為か、様々な人たちと馬車が見たことないほどに沢山順番待ちをしていた。


 酷い時には馬車の姿すら無かったことを考えれば、やはりちゃんとした領主が居る事は大切なのだと実感する。

 どれだけ頑張っても行政の失策があれば人が離れてしまい、どうにもできなくなってしまう。


 この調子ならこの都市もまた発展していくだろう。

 都市が発展すれば幅広く品物を扱う道具屋も客が増える。


 素晴らしいサイクルだ。

 この流れが続くなら宿屋を新しく経営しても良いかもしれない。

 手放したがっている老婆が居た筈だ。


 殆どの店はギルドの許可制なので新しく出すのは難しいのだが、宿屋はそれほど厳しくない。

 特に今ある宿屋を買収してやるなら名義を変えるだけで良い筈だ。


 今道具屋で働いている従業員達は真面目だし、数人を異動させて立ち上げだけ協力して後は任せてみても良いかもしれない。

 その代わり給料は多少弾まなければならないだろう。


 そんな事を考えていると、店に到着した。

 馬車を倉庫の前に移動させて荷を下ろす。

 そうしたらアズがラバ達を厩舎に連れて行く。


 この旅で大分打ち解けたようだ。

 元々は野盗のラバだが、ありがたく使っている。


 残った3人で下ろした荷物を倉庫に移して一旦やるべきことは終了だ。

 ワインだけは品質を落とさない様にワインセラーに保管しておく。


 ワインセラーと言っても保管されているワインで高いものは売り物だ。


「やる事もないでしょうし、それじゃあ先に休ませてもらいますわ」

「あ、私も行きますねー。お風呂入りたいですし」

「入ったら湯を抜いて沸かしなおしておいてくれ」

「ええ。そうしますわ」


 そう言うとエルザとアレクシアはさっさと裏口から部屋に戻っていった。

 ヨハネも在庫の確認だけして店に顔を出す。


 拡張した売り場も好調なようだ。

 何時もなら忙しい時間帯では無かった筈だが、回転が良い。


 無理に声は掛けず、ヨハネは上の部屋へと戻った。

 風呂場からは水の音と姦しい声が聞こえるが、そのまま通り過ぎる。


 ズボンの汚れをはたいて椅子に座ると、少しだけ腰が沈んだ。

 そろそろ買い替えた方が良いと思いつつ、ずっと使っている。


 まだいける、まだいけると思いながら。


 しばらく椅子の背もたれに体重を預けてぼーっとする。

 思ったよりも疲れが溜まっていたのかもしれない。


 バカンスの提案をしたのはたまたま思い付きだったが、体が休みを欲しがっていたのだろうか。

 そんな事を考えていると、アズがこちらに戻ってきた。


「ご主人様、戻りました。なにか用事はありますか?」

「ない。とりあえずダラダラしておけ。足を崩しても良いぞ」

「えっと、分かりました?」


 ヨハネのやる気のない返事にアズは少しだけ反応に困る。

 気が抜けたのだと判断し、床に座って足を崩した。


 床に座るという形は変わらないが、柔らかく清潔な毛布に座るのは苦にならない。

 足を崩していいなら尚更だ。


「あいつらが今風呂に入ってるからな。入りたいなら先に入れ」

「あ、声が聞こえたのでやっぱりそうなんですね。私は後でも構いませんけど……」

「俺はゆっくり入りたいんだ」

「なら背中でも流しましょうか?」


 アズがそう提案する。

 エルザなら茶化しているのかと思うところだが、アズは本気で言っている。

 顔を見れば分かった。


 少しだけヨハネは考えた後、溜息を吐く。


「ならあいつらの背中でも流して早く上がらせてくれ」

「広めのお風呂ですけど3人はちょっと狭いです……」

「そうだな。ならバカンスの日取りでも決めるか」

「本当に行くんですね」


 アズが少しだけ驚いたように言う。


「慰安も兼ねてだ。いくら金を稼ぐことが楽しくてもずっと働いていると息が詰まる」

「それは確かにそうですけど」

「まあ、向こうで3泊すれば十分だろう。海の市場で買い付けも帰りにしていきたいし」

「バカンスに行くんですよね?」


 ごく自然に仕事をしようとしているヨハネに対して、アズは思わず言わずにはいられなかった。


「そうだが……。ついでに仕入れをするだけだ」

「はい、そうですね。なんでもありません」


 アズは追及を諦めた。

 結局のところヨハネにとっては金儲けこそが一番の気分転換なのだ。


「海の家というのも見てみたいな。海だからこその売れる商品が置いてあるそうだし、何かの参考になれば――」


 そうぶつぶつ言いながらヨハネは自分の世界に入る。

 アズは苦笑しながらそれを眺めていた。


 結局アズが風呂に入って出た後、肩を揺するまで続いた。


 その後の話し合いでなんとかバカンスの日取りだけは決める。

 2日後に出発し、そこから目的地に3泊する事に決定した。


「海、楽しみですねー。沢山泳ぎたいです」

「私は肌が焼けるのでほどほどで結構ですわ」

「日焼け止め売ってませんでした?」

「あるぞ。持っていくか」

「是非そうして下さる? この白い肌の維持も仕事のうちでしょうし」


 なんだかんだと、海への期待で全員のテンションは上り調子だった。

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