第164話 海を知っているか?
馬車で移動していると気付いたことがある。
アレクシアに作らせた土の道だが、やはり目ざとい商人たちが利用するようになっていた。
見れば分かるので仕方ない。
馬やラバの疲労が大きく抑えられ、躓いてこけて足の骨を折ったりすることもない。
馬車に乗る人間の方も揺れが少なく済むので良い事づくめだ。
ワインのような割れ物で破損率が高く、よほどちゃんとした馬車でなければ運べないような物もこの道なら気を付ければ運搬できる。
「ひと稼ぎできそうな気がするな」
ヨハネがそう言うとアレクシアが肩を竦めた。
「実際、魔導士が最も使われるのは戦いよりもインフラですわね。軍隊の魔導士達なら一日でちょっとした城塞作ることも出来ますわ」
「そういえば冒険者組合に道を作ってほしいって依頼がありましたねー。魔導士ってお金に困らなかったり?」
「習熟度や属性にもよりますけど、中堅位なれば食いっぱぐれはしませんわ。流石に駆け出しは厳しいですけれど」
そう言って締めくくる。
「羨ましいです」
「そんな良いものでもありませんわ。こうやって扱き使われるんですから」
「求められるのは良い事ですよ」
アズがアレクシアに振り向いて話す。
作った道が使われてしまうので、アレクシアは荷台部分に座りながら絶賛道づくりに従事していた。
「流石に勝手に作った道で使用料を取ると、領主が物理的に殺しに来そうだな」
「そりゃあ流通に関わりますからねー。言い訳できませんよご主人様」
「だよなぁ。自分の土地ならともかく」
ただの一商人であるヨハネでは、思いついても実行できないアイデアだった。
「でもこういう事業に関しては考えても良いかもしれんな」
「わたくしは奴隷ですから拒否はできませんけど。それをやるならちゃんと人を集めた上でお願いしますわ」
「分かった分かった」
ヨハネはそう言ってアレクシアに返事をする。
なんだかんだ、軌道に乗ってきたからこそ新しい展望を考える余裕も出てきたというものだ。
元手が要る商売よりも元手が要らない商売の方が当然リスクは低い。
十分な顧客と回転が見込めている今の店が本業なのは変わらないが、ローリスクローリターンの商売は色々と手を出したいという思いはある。
この奴隷を買って冒険者をやらせるという、いわば奴隷ビジネスもその一環だった。
ローリスクというにはつぎ込みすぎたが。
人間を扱うという性質上、経費もだがマネジメントからサポートまで必要な事は多岐に渡る。
最初は大量に集めて数で稼ぐことも視野に入れていたが、アズを買ってから少ししてそれは諦めた。
マネージャー役を雇うならそこにまた人件費がかかるし、雇ったマネージャーが奴隷に何かしないとも限らない。
信頼できる人間を探すのは難しいのだ。
結局アレクシアを最後に奴隷を増やすことなくここまで来た。
成果としては、もっと気長に待つつもりだったが予想よりも良い結果が出ている。
経費も含めてこの取り組みは黒字化を達成しており、今回の儲けでそれが更に更新される見込みだ。
店は増築したばかりで馬車も身の丈に合ったものを入手したので、総合的にはまだ全然足りないのだが。
馬車に乗っている間は何もする事がない。
アズとだらだら喋って暇をつぶす。
「竜は凄かったですね……話まで出来るとは思わなかったです」
「そうだな。出来れば関わり合いにはなりたくないが、太陽神教と因縁がありそうなんだよなぁ」
そもそもエルザ曰く創世王教の使徒が竜の生まれに関わっているという。
無駄に創世王教との関わり合いが強いヨハネ達にとっては、これから先も無縁とは言い難い存在だった。
戻ったらしばらく帝国に行くつもりはない。
儲かると言えば儲かるが、やはり大変だという気持ちもある。
一度ゆっくりしたい。リフレッシュが必要だ。
「なぁ、海に行くか?」
「良いですねー! でも突然どうしたんですか?」
「色々あったが、怪我もなく無事に終わったからな。気分転換も兼ねて海に行こうと思ってな」
「海、ですか?」
アズがヨハネに尋ねる。
山の方、それも寒村育ちのアズにとっては見た事も聞いた事もない場所だった。
「どこまでも水が広がっている場所だ。魚もいるし。泳ぐことも出来る。いい気分転換にもなるだろう」
「舐めるとしょっぱい水ですけどねー」
「それはまあ塩の元だからな……」
「まぁ、悪くはないですわね。偶には良い提案を言いますわ」
アズはしょっぱい水が広がっているという言葉を聞いてから考えこんでいた。
イメージが湧かない様子だ。
エルザがアズの頭を撫でる。
「実物を見るとビックリするよ。楽しみだね」
「楽しい場所なんですか?」
「まあ、そうだな。一度は見ておいても良いだろう。俺は何度か行ったことがある」
「分かりました。楽しみにしてます」
「おう」
アレクシアが地図を取り出す。
大まかな地理しか分からない安物だ。
ちゃんとした地図は国家機密で流出しないので自分で作る必要がある。
「一度戻ってからなら海は北東ですわね」
「ああ。そこは行き来もしやすくて観光地化してるし丁度いい」
ちなみに南東に進むと太陽神教の総本山に向かう事になる。
「なら水着が要りますねー。ですよね?」
「そうだな。流石に現地に行かないと売ってないだろうから海に行ってからになるが」
「太っ腹です。そういうとこ好きですよ」
そう言って荷台からエルザがヨハネに抱き着こうとしたので、アズがそっと割り込む。
ヨハネの代わりにアズが抱きつかれた格好になったが、エルザは気にしていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます