第163話 オルレアンとの別れ

 ヨハネが先頭を歩き、皆が後ろに着いていく。

 いつもの光景だ。


 歩きながら過去を振り返っていた。

 オルレアンを野盗のアジトで見つけた時はどうなることかと思ったものだが、どうにか落ち着いて良かったと思う。


 ただの持ち出し、人助けに終わらなかったのも大きい。

 最終的に普通にやるよりも利益は上がっている。

 公爵との繋ぎは微妙なところだが、もしオルレアンが公爵の元で働く事があればかなりの貸しになる。


 オルレアンに野盗の乱暴があった事を覚えてないのが不幸中の幸いだった。


 あれで男性にトラウマを持ってしまっていたら公爵ともヨハネともまともに話にならなかっただろう。

 結果的にオルレアン自身が不幸になっていた可能性は高い。


「これから早速荘園に向かうか? 堂々と戻っても何も言われないだろう。トップに話が通っているからな」

「旦那様、色々とありがとうございました。楽しかったです」


 そう言ってオルレアンは頭を下げた。

 渡した銀のネックレスが音を立てて揺れる。


 アズがオルレアンの手を握り、何度も振る。


 なんだかんだでよく面倒を見ていた。

 もしかしたら初めて自分より年下の身内が出来たからかもしれない。


 良い刺激になったように思う。


 エルザとアレクシアはそれぞれハグをして別れを告げた。


 火の巫女の一族とでもいうべきか、オルレアン達はこれからが大変だ。


 中にはオルレアンの考えとは違い、今のままが良いと思う者もいるだろう。


 勝手な事をと言われるかもしれない。

 先を見据えればこれはいつか必ずやらなければならない事だが、話し合って決められた訳でもなく。


 ただ、教育をはじめとした変化は公爵からの指示による強制だ。


 数年もすればイヤでも変化は生まれる。


 送り届けるために荘園へ向かう。

 すると丁度収穫の時期だったようで、総出で葡萄を収穫していた。


 オルレアンが居ない間に麦や綿花は収穫してしまったようだ。


「旦那様」


 そう言ってオルレアンがヨハネの前に立つ。

 そして頭の上にいる火の妖精を掴んだ。


 外から見るとまさに燃えている火を素手で掴んでいるのだが、やはり熱くはないのか平気な顔をしている。


 オルレアンは右手で火の精霊から燃え盛る火の一部を摘みとる。すると小さな火が右手に残った。


「これをお持ちください。この子は刺激が欲しいみたいなので、一部を連れて行って欲しいと。とても役に立つとも言ってます」


 ヨハネはゆっくりと手を近づけるが、火の熱が伝わり一気に水分が奪われて乾燥していく。


「連れていくのはいいが、どうやってだ……?」


 頭を抱える。するとアレクシアが火のブローチを外し、近づけてみる。

 すると赤い宝石の部分に吸い込まれるように小さな火の精霊が消えていった。


「やはり相性は良いですわね。抜群と言ってもいい位ですわ」


 アレクシアは上機嫌に火のブローチを再び付け直す。

 宝石に触ってみると、仄かに熱がある。

 輝きは強く増しており、魔道具としての価値が向上したのは明らかだった。


 もともと優れた魔道具に更に精霊が宿るなら、それは金では決して手に入らないレアモノ。


 金は金より価値が高いものを手にする為にある。

 金はどこまでいっても手段だからだ。


「良いですねー。水と火の精霊の御加護なんて滅多に得られませんよ。これなら……」


 エルザはそう言ってアズの肩を抱きしめ、右目を火のブローチに近づける。


 すると火のブローチが共鳴するかの様に熱を持ち始めた。


 アズの方も虹彩の色が変化し始めている。

 だが、それはすぐに収まってしまった。


「あら、まだ早いかな。負担に耐えられないからかなー」

「あの……」


 肩を掴まれたアズは訳も分からず、エルザを見上げた。

 エルザはアズの肩から手を放す。


「急にごめんね」

「別に構いませんけど、なんだったんですか?」

「内緒だよ。大した事じゃないから」


 そう言ってはぐらかす。

 こうなるとエルザは口を割らない。


 それをよく知るアズは追求を諦めた。

 秘密主義なところはあるが、悪意は感じた事はない。


 太陽神教が絡むと様子が様変わりする事はあるが。


「では私は戻ります。皆様、ありがとうございました。楽しかったです」


 オルレアンはそう言って荘園に戻って行った。

 遠くからでも両親に抱きしめられる姿が見えた。


 あの両親も無茶な脱走はもうするまい。

 しなくて良い環境になっていくのだ。

 それにもしもがあっても成長したオルレアンが止める。


 火の精霊の寵愛を受けたオルレアンを公爵も尊重する事だろう。


「俺たちも一度帰るか。疲れた」

「そうですね。少しゆっくりしたいです。あ、サボりたいって意味じゃないですから」


 そう言うアズの頭をあえてヨハネは強く撫でた。

 長い銀髪が少し乱れるが、アズは満更でもない笑顔でそれを受け入れていた。


「あ、もちろん積荷いっぱいに買い込むからもう一仕事あるからな」

「はーい」

「相変わらず気が利きませんわねぇ」

「あはは!」



 荘園を後にして、ラバが馬車を曳き動き始める。

 アズが後ろを向くと、オルレアンが大きく手を振っていた。

 アズも向こうから見えるように手を振りかえす。


 それはお互いの姿が見えなくなるまでずっと続いた。


 その後、大都市アテイルで山ほど工芸品や小麦粉を買い込む。

 ワインは少しだけ手に入った。


「じゃあ、戻るか。カサッドに」

「はい!」


 アズは元気よく答え、ヨハネの隣に座る。


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