第161話 お疲れさん

 フィンは宣言通り周囲を警戒してくれた。

 こちらへと魔物が近寄れば追い払い、きちんと目を光らせている。


 黒い髪に黒いシャツ。黒いスカート。

 闇に溶けるような姿だ。


 全員がまともに動けるようになるには、太陽が十分な高さに昇るまで待たなければならなかった。


 アズが立ち上がったのを見届けると、軽食を作っていたヨハネの腹を小突く。


「あの子、なんか変わった? 私と戦った時より随分と強くなった気がするんだけど」

「色々とな」

「あっそ。まぁ、まだ私の方が強いけど……」


 そう言って、ヨハネが作っていた燻製肉のサンドを一個回収し、フィンは姿を消した。

 もう心配ないという事なのだろう。


 ヨハネとしては正直助かった気分だ。


 火の精霊がいるとはいえ、オルレアンが使役している訳ではないのでこちらを守ってくれるわけではない。

 気ままな性格のようだし。

 安全の確保は非常に重要である。


 改めて全員の姿を見ると、全身がボロボロだった。

 アズの服は買い替えなければならないだろう。


 丁度いい。成長期だ。


 軽食を塩の効いたスープで流し込み、魔物溜まりがあった場所を再度確認する。

 最初は地面に黒い染みのようなものが広がっていたが、今では普通の地面と見分けがつかない。

 邪気が消えたというべきだろうか。


 これならば公爵に見せても問題ないだろう。


 依頼は完了だ。


 冒険者としての成績にはならないだろうが、他国の大貴族の依頼をこなしたのは誇るべきことだ、と思う。


「戻って公爵に報告したら、何かうまいもんでも食うか。でもその前に着替えと風呂だな」

「うぅ……この姿で表は歩きたくないです」


 そう言ったアズの服は血だらけで、どれだけ洗っても奇麗になりそうにない。

 もしこのまま外を歩けばたちどころに衛兵を呼ばれてしまう。


 エルザは前線にも立ったのに服がほぼ汚れていない。


「私には浄化の奇跡があるので。時間が経つと効果が落ちるんですよね」


 そう言ってアズの服に浄化の奇跡を使う。

 僅かに汚れが落ちた程度だった。


 アレクシアは今回後衛に徹したので疲労はともかく汚れはない。


「お風呂に入りたいですわ……汗が気持ち悪い」

「それは同感ですねー」


 問題が片付いたからか疲れている割に馬車の中の雰囲気は明るい。

 しばらく話していると、次第に声が小さくなっていく。


 1人、又1人と眠っていった。

 最後にはヨハネ以外は寝息を立てている。


 ヨハネは御者をしながら、起こさない様に少しだけ後ろを振り返る。


「お疲れさん」


 労いの言葉をかけた。


 道中に居た筈の兵士達はもう居ない。

 見張りの必要がなくなったからなのだろうか。


 ラバ達のペースに合わせ、馬車はゆっくりと進んでいく。

 少し日が強くて暑く感じたが、風がそれを和らげてくれる。


 昼寝をすればさぞ気持ち良いだろう。


 そして、それからしばし時間をかけて都市アテイルに到着した。

 もはや都市の中は見慣れたものだ。

 住む気はないが、しばらく滞在するなら知っている都市の中で一番快適だと思う。


 治安が良く、スラム化した場所もない。

 風紀の行き届いていない場所はあるだろうが、わざわざ近寄らなければ大丈夫だ。


 食料は安く手に入り、見たところ仕事もある。

 帝国でも有数の都市だろう。


 この繁栄の一部を支えているのがオルレアン達農奴だとしても、だ。


 眠ってしまった奴隷達と農奴を起こし、公共風呂に入らせてその間に着替えを購入する。

 流石に女性の下着を買ってももう恥ずかしくもない。

 最初の頃は何故だか無性に恥ずかしかったものだ。


 店の人間に恋人のを買いに来たのかと聞かれたが、次々買い込む姿を見せたら黙ってしまった。

 どう思われたのかは少し気になるが、服も買ったので売り上げには貢献した筈だ。


 公共風呂の受付に着替えを渡し、届けてくれるように頼む。

 勿論、チップを添えて。


 公共風呂ではアレクシアとエルザがまだ湯に浸かっているようだ。

 アズとオルレアンは既に風呂から出ていたようで、渡した着替えを着て外に出てきた。


 カジュアルな服装で、如何にも年頃の少女2人がそこにいる。

 それも2人とも可愛らしく、将来は美しくなるだろうことは誰もが確信する。


 もし誰かにあの二人は奴隷に見えるか、農奴に見えるかと聞けば間違いなく否と言われるだろう。


 そんな2人がヨハネを見ると、手を振って笑顔で近寄ってきた。

 オルレアンははにかむ程度だが、最初に比べるとこれでも大分笑顔とよべるようになってきたものだ。


 アズは慕われているのが伝わる。


「これ、可愛いですね。ありがとうございます」

「古着だが、とりあえずな。あの服じゃ歩けないし、公爵家に行っても追い返される」

「ですねぇ」

「旦那様、ありがとうございます」

「おう」


 それから3人で暇をつぶす。

 中々2人が出てこないので屋台で串焼きを摘まむ。


 屋台を選ぶコツは人気がある店を選ぶことだ。

 値段は仕入れ値によるから当てにならない。


 だが人気のある店ならおかしなものは売りつけられることはない。


 当たりを見つけるというよりは外れを避ける方法だが、屋台なんてものはそれで十分だ。


 熱々の羊肉の香草串焼きを苦労して食べていると、ようやくエルザとアレクシアが公共風呂から出てきた。


 2人とも体から湯気が出るほど温まっている。

 二人にも着替えを渡したが良く似合っている。


「あら、良いもの食べてますわね」

「お前達が遅いからだ」

「私も食べたいなー」


 エルザがそう言ってあからさまにヨハネに抱き着こうとするが、串焼きを口に突っ込まれて押し返された。

 そのまま受け取って食べて舌鼓を打つ。


 色気より食い気だった。

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