第160話 長い戦いの終わり

 一つ目の巨人。

 動きは鈍重ではあるが、決して油断できない相手だとアズは感じ取っていた。


 表皮を斬った程度ではすぐに再生し、深く斬ると斬られた筋肉がそのまま剣を掴んで抑え込もうとしてくる。

 あやうく一度剣を手放しそうになった。


 とっさにアズは剣に魔力を籠めることでなんとか危機を回避するが、その所為でどうしても攻めあぐねてしまう。


 エルザのメイスによる打突はアズの攻撃よりも効果が薄い。

 筋肉による防御の所為で、どれだけ力を込めても跳ね返されてしまうのだ。


「流石は小さくても一つ目の巨人……かなー」


 少しでも攻撃の手を緩めると、一つ目の巨人は右手に掴んだ棍棒を叩きつけてくる。

 体のどこかに当たれば即致命傷だ。


 パーティーの頼みの綱であるアレクシアは、じっと待機していた。

 何もしていないのではなく、残った僅かな魔力で一つ目の巨人を倒せるだけの魔法を編み出そうとしている。


 再生する魔物には特に火の魔法が有効だ。

 エトロキを倒した時も、心臓を焼き貫くことで勝利した。


 周囲には火の気配が満ちており、火の精霊から漏れる火は普段の2倍以上に膨れ上がっている。


 火の魔法を使う上でこれ以上の条件はないだろう。


 もはやヨハネとオルレアンは身を隠して戦いを見守るしかなかった。


 アズは狙いを巨人の右手の指に絞り、棍棒を叩き下ろした瞬間を狙って剣を振る。

 6本ある指のうち、親指を含む3本を斬り落とした。


 人間の手は指を一本失うだけで握力が大きく落ちる。

 親指を失えば特に効果が大きい。


 如何に魔物とはいえ、構造は人間に近い。弱点もある程度共通している。

 生命力や筋力こそ比較にならないが、そこが救いだ。


 巨人の握力は指を失い普段に比べて半分以下に落ちた。

 痛みで絶叫し、振り下ろした棍棒をそのままアズへと横に振るう。


 アズはそれを後ろに跳ぶことで回避したが、棍棒が血のぬめりと握力不足ですっぽ抜け回避したアズに向かって投擲された。


 狙った事ではないのだろうが、タイミングは最悪だ。

 巨人の腕力が乗って瞬く間にアズとの距離を縮める。


 跳んだ瞬間の為、アズは横へ回避できない。

 なのでアズは咄嗟に剣を鞘に納め、両手を棍棒の上に添えた。


 そのまま両足を広げ、両腕に力を込めて棍棒を飛び越える。


 身軽なアズだからこそ出来た芸当だった。

 棍棒の勢いで体勢が崩れそうになるが、上手く空中で整えて綺麗に着地する。


 思わずエルザは拍手した。

 一つ目の巨人が忌々しそうに睨むとバツが悪いのか拍手を止める。


 指は流石にすぐに再生できないようだ。出血は止まったものの、生える様子はない。

 だが時間が経てばそれもどうなるか。


 冒険者の鉄則の1つに人間と魔物が体力で勝負してはいけないという言葉がある。

 魔物は人間より遥かに疲れにくい。


 人間の体力が尽きる前に倒さなければ負けてしまう。


 アズはこれまでの戦いでそれを実感していた。

 故に、勝負に出る。


 右目の色彩が薄っすらと藍色から虹色に変化していく。

 創世王の使徒の力だ。


 再び封剣グルンガウスを抜く。

 使徒の力が剣を包み込む。


 アズの中に居る水の精霊が補助に入る事で、最初に目覚めた時に比べると随分と安定している。


 一つ目の巨人はエルザから目を離し、アズを見る。

 今までに比べて明らかにアズを警戒していた。


 棍棒を失い、代わりに拳を握りしめてエルザを無視してアズへと走る。

 歩幅が大きいからか動きは鈍重な割に移動速度は速い。


 無視されたエルザが気を引こうとメイスを叩きつけるが、それを無視する。


 指の揃っている左手を大きく振りかぶり、アズへと殴りかかった。

 アズはその左手に向かって剣を振った。


 まるで溶ける寸前のバターの様に、一つ目の巨人の左腕が切り裂かれていく。

 アズは剣で切り裂きながら脇を抜けて、背後へと回り込んだ。


 斬られた左腕は、剣が抜けた瞬間切断面がくっつき再生が始まった。

 斬り落とさなければ再生は防げない。


 アズは剣を天に構え、そのまま振り下ろす。


 アズと一つ目の巨人の身長差により、胸辺りに剣が触れる。

 その瞬間、封剣グルンガウスの効果を使徒の力を乗せて発揮させた。


 するとかつてキヨと名乗った骸骨がやったように斬撃が広がる。


 その斬撃が一つ目の巨人を真っ二つにした。

 だが、それでも死なない。


 一つ目の巨人は咄嗟に自分の頭を両手で抑えてずれないようにした。

 すると、傷口から血が湧くように溢れて傷を塞ごうとする。


「なんて生命力……」


 呆れたようにアズが言う。

 右目の色彩は既に虹色から藍色へと戻りつつあった。


 そこでようやくアレクシアが戦斧を一つ目の巨人に向ける。


「離れなさいな!」


 すぐにエルザとアズがその場から移動する。

 アレクシアの残った魔力が全て注ぎ込まれた魔法が放たれようとしていた。


 火の魔法と衝撃の魔法を組み合わせた魔法であり、当たれば魔力が消えるまで爆発し続ける強力な魔法だ。

 そして再生するよりも速くダメージを与えることに特化している。


 再生に必死で身動きできない一つ目の巨人に向かって、それは放たれた。


 小さな火の球体が勢いよく対象に向かい、直撃した。

 何度も繰り返される爆発の音。


 少しの間それが続き、音がしなくなった。


 煙が晴れると、一つ目の巨人が地面に倒れ伏している。

 エルザが試しにメイスでつつくと一瞬だけ反応したが、すぐに動かなくなった。

 ようやく倒せたのだ。


 魔物溜まりも完全に枯れた。ここはもうただの土地だ。

 火竜と火の精霊による長い封印で魔物が焼かれる度に少しずつ弱っていき、ここでようやく空になった。


 アズはそれを確認すると後ろに倒れ込む。そして大の字になって体を休め始めた。

 完全に限界だ。

 ヨハネの命令でない限り一歩も動きたくない。


 そのヨハネは水筒の口を開け、大の字になったアズに水を飲ませる。

 討伐が終わったのは真っ暗な深夜だった。


 あと少しすれば太陽が見え始めて空が白んでくる。


 アレクシアは魔力切れで座り込み、アズは大の字になって寝ている。

 エルザも流石に地面にへたり、全員満身創痍だった。


 オルレアンは奴隷達の世話をしていた。

 濡れた布巾を額に乗せたりしている。


 今魔物に襲われると、応戦するのは難しいだろう。

 代わりに相当な経験を積んだ。


 フィンがいつの間にかヨハネの隣に立っていた。


「何やってるんだか……」

「うわっ」

「何よその声」


 声がしてようやくヨハネがフィンに気付く。


「金蔓が死なれると困るから様子を見に来たのよ」

「手を貸してくれてもいいんじゃないか?」


 ヨハネがそう言うと、フィンは黙って人差し指と親指で丸を作る。

 金をとるぞ、という意思表示だった。


「まあ、見ててあげるから休んでなさい」

「それも有料か?」

「別にいいわよ」


 そう言うフィンの懐から魔石が見えていた。

 回収しきれなかった魔石を横取りしたのだろう。


 ヨハネは突っ込む気にもなれず、提案を飲むことにした。



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