第159話 一つ目の巨人

 山羊の魔物の角は渦巻き状に丸く成長しており、先端が尖っていた。

 それを突きあげることで相手を角に引っ掛けたり、突き刺してダメージを与える。


 角の強度は個体によっては鋼並に硬くなるとも言われているが、死ぬと簡単に外れる。


 アレクシアの火に焼かれた魔物達は一匹残らず角が外れていた。


 ヨハネは周囲の安全を確認し、黒焦げになってしまった山羊の魔物の角を掴む。

 触れた先からポロポロと崩れていき、呆気なく消えてしまった。


 角は粉末にすることで薬の材料になり、錬金術師に売ることが出来るのでそれが手に入らなかったのは残念だ。


 肉はというと、焦げた部分を斬り落とせばなんとかなりそうだった。

 今夜の夕食はこれでいいだろう。

 せめて食事代位は浮いたと思わなければやってられない。

 ヨハネはそう思う事にした。


 魔石が採れるのは不幸中の幸いか。


 山羊の魔物の次は巨大な木の魔物が既に現れており、アズが応戦している。

 蔓が幾つもアズを捕らえようとしているが、俊敏な動きで回避し捕まりそうなときは剣で蔓を斬る。


 祝福をかけ終わったエルザも戦い始めたが、メイスによる攻撃はあまり効果がないようだ。


「木を燃やすのは大変ですわねぇ。薪ならすぐ火が付くのに」


 そう言ってアレクシアは魔法で火の玉をひたすらぶつけている。

 生木は水を含んでいて乾いていない。

 薪のように水分が蒸発していないと火が付かないのだ。


 だが、そもそも今のアレクシアが使う火の魔法は純粋に威力が高い。

 一発当たる度にその箇所が炭化している。


 燃え広がらずとも十分な効果だった。


 当然ながら、素材は手に入らない。


 山のような素材を夢見てきたというのに、かろうじて残った僅かな素材を摘まんでは集めるヨハネだった。


「……なんだか悪い事をしている気分になりますわね」


 燃えカスを拾う主人であるヨハネに対し、気まずそうにアレクシアが呟く。

 ヨハネはそのまま続けろ、と前置きをして拾いながら呟きに反応した。


「こればっかりは仕方ない。加減して危険になる方がまずいからな」

「なんだかすみません」


 そう言って謝るオルレアンの頭の上では火の精霊が愉快に踊っていた。

 どうやら火の魔法が連発されたことで周辺の火の気配が強まり、機嫌が良いようだ。


「今なら宮廷魔導士相手にも勝てそうですわねぇ」


 そう言ってアレクシアは右手を掲げる。

 それだけで巨大な火柱が木の魔物へと放たれ、トドメを刺した。


 火柱が巨大すぎてエルザの髪の先端が僅かに触れてしまい、焦げている。


 長い髪故に仕方ない部分ではあるものの、エルザは焼けた先端を指で摘まんでアレクシアを見つめた。


「アレクシアちゃん……何か言う事は?」

「立っている場所が悪かったですわね」

「髪は女の命なのに。ひどいー」


 エルザはそう言ってガックリとした。

 そうしている間に次の魔物が出現している。


 黒い剣と盾を持つ鎧の魔物だった。

 人型をしているが、中身がない。


「ああもう、後で整えてあげますから。集中してください!」

「はーい。分かったよアズちゃん」


 アズが剣を構えながらエルザに檄を飛ばす。

 エルザはまだ不満があるものの、アズに従って戦闘に集中する。


 鎧の魔物は他の魔物よりもずっと手ごわかったが、連携の取れたアズ達には勝てない相手ではなかった。

 鎧をある程度破壊すると動かなくなる。


 剣も盾も含めてある程度形が残っており、ようやくまともな戦利品となった。

 魔石も上々だ。


 そんな調子で出てくる魔物をひたすら倒す。

 幸い、一度魔物が出現すると次の魔物が現れるまでインターバルがある。

 それまでに倒せば数で不利になる事は無い。


 群れで出現する魔物は弱い個体なのでアレクシアの範囲魔法で倒せてしまう。


 ヨハネがせっせと合間に魔石を拾ったりしていた。

 オルレアンも手伝っている。

 エルザやアズが持っていきやすい場所に魔石や素材を移動させてはいるのだが、何分魔物が出現すると戦闘を優先するのであまり効果があるとは言えない。


 アレクシアはずっと待機して魔法を準備して備えている。

 火に限定されるとはいえ様々な補助に加え、平均よりも遥かに多くの魔力を持つアレクシアだが、流石に長時間の戦闘で疲弊し始めていた。


 アズは全ての魔物の攻撃を回避しておりダメージは無い。

 だがその俊敏な動きも最初に比べると精彩を欠きはじめていた。


 エルザだけは疲れた様子はない。

 癒しの奇跡か、祝福の効果か。


 エルザが活躍する時間が増え始めていく。


 太陽が山に隠れ始めるころ、三つの首にそれぞれ巨大な嘴を持つ怪鳥の魔物を倒す。

 ひたすらしぶとい魔物だった。


 ヨハネはオルレアンを抱えて避難するほど周囲を暴れまわり、ようやく倒れた。


 アズが剣を地面に突き刺し、杖代わりにする。

 息が乱れ、汗が雫となって地面に落ちた。


 エルザも流石に疲労を隠せない。

 アレクシアはほぼ魔力切れだ。


 魔物溜まりは最初に比べると殆ど気配が薄れており、枯れる寸前なのは明らかだった。


 だが、まだ枯れていない。


 そして太陽が完全に隠れてしまい、夜の時間が始まってしまう。

 火の精霊のお陰で暗闇の中で戦う羽目にはならなかったが、気休めはそれだけだった。


 魔物溜まりが振動する。

 魔物が出現する予兆だ。

 黒い靄が消えながら魔物を呼び出す。


「しつっこいですわね!」


 思わずアレクシアが悪態をついた。

 アズが深呼吸して息を整えて、剣を構える。

 戦意は萎えていない。大したものだった。

 エルザは全員に祝福を更新する。


 その姿は司祭にふさわしい荘厳さだ。


 最後の魔物は、一つ目の巨人だった。

 竜に並ぶ強力な魔物と評される存在。


 とはいっても現れたのはヨハネより二回り程度の大きさ程度で、決してそんな強さには見えない。


 恐らく、魔物溜まりにはそれほどの力が残っていなかったのだろう。

 一つ目の巨人は手に握った棍棒をアズへと叩きつける。

 空振りとなり、地面に大きな衝撃が起きた。


 アズがそれを回避したついでに魔物の背後に回り、剣で斬りつける。

 だが、折角つけたその傷はすぐに癒えてしまう。


 並の魔物とは一線を画す再生力と腕力だ。

 かつて戦った狼男であるエトロキを思い出す。


 万全であれば問題は無かったが、最後に戦う相手としては非常に厳しい相手だ。



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