第158話 魔物を倒して倒して倒しまくれ

 皆は完全武装を整えている。

 それを確認し、準備を整えて馬車で移動を開始した。

 今回荷台はほぼ空にしてある。


 魔物溜まりは限定的ではあるが、大量の魔物を呼び出す。

 それらの素材を出来るだけ持って帰りたいし、魔石は特に逃したくない。


 魔石は帝国でも換金率が高い。

 公爵の依頼と併せれば一財産になるだろう。


 アズは普段の様子と違い、少しばかり緊張した面持ちだった。

 ヨハネが視線を向けるとそれに気付き、顔をそちらに向ける。


「そろそろですね」

「そうだな。気負うな、と言いたいが出来れば成功してほしい」

「命までは掛けなくてもいいんですよね?」

「勿論だ。公爵の方もそこまでは望んでないだろう」

「望んでないというよりは、解決すれば手間が省けるという程度ですわ」


 つまりそこまで気にしていない。とアレクシアが締めくくる。


 いくら大型の魔物溜まりとはいえ、あれだけ大きな都市の領主ならどうとでもなる。

 自前の兵士に、金を出せば動く冒険者達。

 1つの都市としては相当な武力だ。


 暫く移動すると、見張りの兵士達の姿が見えた。

 公爵から貰った依頼書を見せて通してもらう。


 ヨハネ達が失敗すればその兵士達が公爵に知らせに行く。


 そうならない事を祈るばかりだ。

 ある程度近くまで行くと、以前訪れた時よりも空気が重く感じる。


 ラバ達はこれ以上近寄りたがらない。

 公爵達の所持している訓練された軍馬でもなければ、ここからは進めないと判断する。


 アレクシアがラバ達を撫でて落ち着かせて避難させた。


「火竜の言った通りですねー。もう封印が解けそうです。これだけ離れていても気配があるなんて」


 エルザが右手を魔物溜まりの方へ向けて封印の様子を探る。

 封印はもう機能していないようだ。


 全員でもう少し近づくと、魔物の気配が次第に強くなる。


 ヨハネは無意識に肩を抱いた。

 どうにも寒気がする。

 魔物の気配がそうさせるのか。


 だが、すぐに温かい熱が包み込んで寒気が消える。


 オルレアンの隣に居た火の精霊の仕業だった。

 火の精霊は燃えながら空に浮かぶ。


 ふよふよと浮かんでいて無邪気な様子だ。

 水の精霊に比べても何を考えているのか分かりにくい。


「寒そうだった、と言ってます」


 オルレアンには分かるらしい。


「アズは水の精霊の言ってることが分かるのか?」

「いえ、全然……。居るのは分かるのですけど」

「そうなの? 私はなんとなく分かりますけれど」

「え、そうなんですか?」


 アズはアレクシアの言葉に驚く。


「わたくしの場合は昔から触れてますし。なんとなくですけどね」

「うーん……好意的なのは分かるですが」


 そんな事を話していると、陶器が砕けるような音が周囲に響く。

 封印が砕け散った音だった。


 魔物溜まりの場所から黒いモヤが浮かぶ。

 そこから大きな腕が湧き出てきた。


 機能が解放されて魔物が出現しはじめたのだ。


「ご主人様は後ろに下がってください」


 アズがヨハネを庇うようにして前に出た。

 ヨハネはその言葉に頷き、アレクシアより更に後ろへ下がる。


 腕から次第に胴体が現れ、大きな魔獣がまず現れた。

 巨大な猿の魔物だ。分厚い白い毛で覆われており、成人男性よりも大きい。

 その後ろからも魔物の姿が見える。


 エルザの祝福が戦闘の合図となった。


 アズは魔物が全身を現すと鞘から剣を抜き、駆け寄って距離を詰めていく。

 猿の魔物は右腕を握りしめ、アズへと叩き下ろす。


 それを左へのステップで回避すると、伸びきった右腕を封剣グルンガウスで斬りつけた。


 分厚い毛は刃物を遮る効果があるが、アズの剣はそれを貫通してダメージを与えて白い毛を赤く染める。


 そこで剣の効果を発動させ、ダメージを更に与えていく。

 アズはそこで一旦離れた。


 アレクシアがアズが駆け寄った瞬間から球体にした火の魔法を展開しており、離れた瞬間それを猿の魔物へとぶつける。


 火の精霊とオルレアンの近くに居るからか、普段の魔法よりも遥かに強力だ。

 猿の魔物は火の魔法を受けた瞬間、全身が焼けこげて倒れ込む。


「わっ、調子いいですね」


 アズが剣を振ってついた血を払いながらアレクシアに向けて言う。


「まぁ、これだけ火の勢いがあれば当然ですわ」


 そう言って爛々と赤く輝くブローチを掲げる。

 圧倒的な火の気配が周囲を包んでいた。


 今のアレクシアは火に限れば上級魔導士に相当する。

 大群の魔物を相手にしてもなお勝るほどの圧倒的な火力。


 自分の力だとは言い切れないからか少し歯切れが悪かったが、今場を支配しているのは間違いなく彼女だった。


「威力が上がってるんだから、巻き添えは気を付けてねー」

「言われなくても分かってますわ!」


 エルザが祝福を継続しながらからかうように言うと、アレクシアが強く言い返しながら次の魔法を準備していく。


「それじゃあ、行きましょう!」


 アズがそう言って再び突っ込む。

 猿の魔物の次に出てきたのは、大勢の山羊の魔物だった。

 曲がりくねった角の先端をアズに向けて一斉に走り出す。


 もし直撃すれば串刺しになってしまうだろう。


 アズは移動しながら剣を地面に刺し、力を込めて高く跳ぶことでそれを回避した。

 山羊の集団は跳んだアズを追いかけて一斉に動き、アレクシアに背を見せる。


 絶好のポジションだった。


「今夜は山羊の肉ですわ!」


 そう言ってアレクシアが山羊の魔物達に向けて火の波を放つ。

 次々と飲み込んでいき、アズが着地する頃にはこんがりと焼けていた。


 ヨハネはそれを見て、今回の素材は諦めるしかないなと確信する。



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