第153話 火竜との会話

 なんども休憩を挟みながら一行は進む。

 随分と山を登ったはずだ。

 周囲には熱風が吹いている。


「暑いな……」

「ええ。汗で服が張り付いて歩きにくいですわね」


 ヨハネがぼやきながら汗を拭った。

 するとアレクシアが疲れた声で同意する。


「あら、セクシーですよ」

「全く嬉しくないですわ」


 そう言ってぱたぱたとアレクシアは服を仰いだ。

 かなり扇情的な光景だが、それを眺めるのはヨハネを含めて身内のみ。

 気にもしていない。


 エルザは冗談のようなことを言いながら涼しい顔をしているが、ただのやせ我慢なのは汗の量で分かる。


 道中を進めば進むほど気温が上昇している。

 動植物にも大きな影響が出ているそうだ。


 竜ほどの存在となると環境ごと変えてしまうのだろうか。


「足元に気を付けて下さい」


 先頭を歩くアズの足取りはしっかりしている。

 定期的に後ろを確認し、距離が開かない様に調整していた。


 オルレアンは流石に暑さで参ってしまった。

 ヨハネが今は背負っている。


 それからさらに進む。


 まるで火山口の近くにいるかのような暑さの中で、ようやく火竜の姿が見えた。

 その子供もいる。


 竜の親子は巨大な体を丸め、静かに眠っているようだ。


 アズがゆっくりと近づく。

 竜が眠っているのは何もない大きな広場だ。


 アズがある程度近寄る前にヨハネ達が来たのを察したのだろう。

 火竜が体を起こし、見つめてきた。


 <よく来た。オマケもいるようだが、構わん>


 オルレアンを地面に降ろし、水を飲ませる。

 意識はまだしっかりしているのを確認した。


 火の精霊を身に纏い、火竜の前に出る。


 ヨハネ達は少し後ろで見守るしかなかった。

 アズは剣を抜く気にすらならなかった。


 戦える相手ではないのだ。最初から。


「――あの場所を封印する事が、盟約だったのですね」

 <そうだ。思い出したようだな。かつて、お前の先祖が私に懇願したのだ。魔物から助けてほしいと。無謀な人間ではあったが……>


 火竜は過去を思い出す様に天を仰ぐ。

 少し間が空いて、再び向かい合った。


 <火の精霊に好かれる女であった。だからこそ私も力を貸した。だがそれは永遠ではない。盟約の更新を100年に一度とした>

「ありがとうございます。ずっと助けて下さっていたのですね」


 オルレアンはそう言って頭を下げた。

 荘園と魔物溜まりの位置は割と近い。


 もし封印が無ければ、溢れた魔物の一部が荘園に流れていた可能性は高い。


 <お前は幼いがよく似ている。火の精霊を見ればそれは明らかだ>


 火竜はそう言うと、体を全て起こし立ち上がった。


 <故に残念だ。盟約はここで終わりとする>

「何故でしょうか?」

 <太陽神の力が増している。力は温存しなければならぬ>


 火竜はそう言うと、子供を背中に乗せて翼を広げた。

 羽ばたき始めると巨大な体が地面から浮く。


 <盟約の確認が出来た事は幸いであった。もうじき封印が解けた際には我が火が魔物を焼くだろう>


 火竜が去り、異常な暑さが和らいでいく。

 争いにならなかったのは幸いだった。


 これならば公爵に対しても言い分が立つだろう。


「どうすればいいのでしょうか?」

「そのまま伝えるしかないだろう。事前に分かっているだけマシだ。竜と戦うよりもな」


 決して無駄足ではない。穏便に終わっただけでもこれは価値のある。

 風が再び吹く。寒く感じるほど強い風だ。


 山を下りると、公爵がパイプを咥えて帰りを待っていた。

 火竜が飛んでいく姿は見ていた筈だ。


「どうやら、問題は無かったようだな」

「はい。ですが……」

「火竜が立ち去ったならばとりあえず良い。後は戻ってから聞く」


 公爵はそう言って会話を打ち切った。

 気が気でなかったのだろう。


 そうでなければ部下を寄こすだけで十分だったはずだ。


 どうしても自分の耳で聞きたかったからここに来たに違いなかった。


「あの、これで良いのでしょうか?」

「良いんじゃないか? 本来はあの公爵がやるべき仕事だったんだ。それが今になっただけの事だろう」

「大丈夫ですよー。竜が怒って攻めてくるのが怖かったんですから」

「心配しなくても構いませんわ」


 魔物溜まりは領主にとって悩みの種だ。

 その対処には長い時間がかかってしまう。

 当然その間予算もかかるので、貧しい都市が魔物に攻め滅ぼされることもある。


 都市アテイルにその心配は無いだろう。

 十分すぎる予算があるのは都市を見れば直ぐに分かった。


 竜に対処する事に比べれば全てがマシなのだ。


 全員が馬車に座ると、馬車が動き出した。


「手が震えました……」


 アズはそう言って両手を眺める。

 するとエルザがアズの手を握ってマッサージする。


「怖かったねー。もう大丈夫だよアズちゃん」

「凄かったな。あんなのどうしようもないだろ」


 ようやく緊張が解けてきたのだろう。

 竜に対する感想を言い合う。

 アテイルに来た時はじっくり見なかった分、今回はしっかりと見ることが出来た。


 結果的にやはりどうしようもないという事が分かっただけだが、無事に終わったことで安心する。


 ゆっくりと寝たいなとヨハネは思った。

 オルレアンも、今回の事が終わったら荘園に戻さなければならないだろう。


 公爵にも農奴である事は知られてしまった。罰が与えられる事は無いだろうが……。

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