第152話 火竜の棲む山

 都市アテイルから随分と離れた場所。

 魔物溜まりからしばし馬車を走らせると、大きな山々に辿り着く。

 立派な山嶺が遠くからでもよく見える。

 ここは豊富な資源と比例するように魔物が強く、数も少なくない。


 だが、火竜が住み着いてからは山々の魔物は姿を見せなくなったという。

 人間が近寄る事も不可能になったのであまり意味はないのだが。


 命知らずの冒険者が近づくと、咆哮を浴びせられて逃げ帰るそうだ。


 公爵の情報によると、火竜が住処にしているのは山を登り奥に進んだ場所だ。

 故に、公爵達がついてくるのはここまで。


 ここから先へ進むのはオルレアンとヨハネ達のみ。


「吉報を期待している。私がわざわざここまで付いて来たという事実を覚えておくように」


 オルレアンに向けて、というよりは保護者に近い立場であるヨハネに向けての言葉だった。

 公爵の立場から吉報を期待している等という言葉は、実質必ず結果を出せと言っているに等しいとヨハネは思った。


 実際オルレアンが失敗すれば火竜の脅威は継続したままだ。


 そうなると、竜と戦えるような冒険者を呼び込まねばならなくなる。

 莫大な支出を迫られるだろう。


 農奴1人が上手くやればそれが無くなるかもしれない。

 期待を寄せるのも当然といえる。


 オルレアンは山を見上げていた。


「不安か?」

「……少し」

「だろうな。だが、お前だけにしかできない事だ」


 ヨハネはそう言って背中をそっと押す。

 オルレアンはこくりと頷き、山へと足を進めた。


 空気が乾いている。

 湿度が低いのか、それとも気温が高いからか。


 あるいは両方の所為か。


 魔物の姿はない。


 不気味なほどの静寂だった。


 エルザが咳払いすると、その音がはっきりと聞こえるほどに。


「火竜が近いです。気を付けてもどうしようもないかもしれませんが、気を付けて下さい」

「もし戦闘になったらご主人様を抱えて逃げますからね」

「それは良いですね。路頭に迷った奴隷なんて冗談ではありませんわ」


 重苦しい雰囲気になりそうだった空気が少し和らぐ。


「そうならないように祈るよ」

「実際のところ戦ったら勝てると思いますか?」


 アズがエルザとアレクシアの方へ向かって尋ねる。


「そうですわねぇ。ブレスを一度だけなら防げるかもしれませんけど……」

「私やアレクシアちゃんだと鱗に防がれて攻撃が通らないと思いますよー。アズちゃんが全力で攻撃すれば鱗を抜けるかもしれませんが」


 近寄ると尻尾に噛みつき、鋭利な爪の攻撃が待ってます、と付け加える。

 アズは剣の柄を少し撫でてため息をついた。

 どうにもならない事が分かったという態度だ。


「コロシアムの大会に竜殺しの人が居ましたよね。あの人位強くならないとダメかぁ」

「あれって本当に人間ですの?」

「竜より強くなれば竜を狩れるというシンプルな答えですね。参考にしちゃダメですよー」

「金が欲しければ金持ちになれという言葉と同じだな。それが出来たら苦労はしない」


 オルレアンがクスッと笑う。


「お、ようやく笑ったな」

「すみません。つい」

「気にするな。むしろ普段落ち着き過ぎている位だ。荘園に居た時からそうなのか?」

「はい。おかしいですか」


 ヨハネはどう答えたものかと考える。

 恐らく見張りの兵士などに対して変な事を言わない様に躾けられたのだろう、と思う。


 おかしいかと聞かれたらおかしいが、それを正面から言うのも子供に対して酷だ。


「それも個性だ」

「そうですか」


 会話が途切れる。


 空気の乾きはより酷くなっている。

 息を吸うだけでむせそうなほどに。


 アズは水の精霊の影響かそれほどではないが、ヨハネやオルレアンには厳しい。


 アレクシアが周囲に魔法で霧を発生させると、少しだけマシになった。


「少しずつでいいのでなるべく水を口に入れて置いてください。喉を傷めますよ」

「分かった。アレクシアもありがとう」

「ええ」


 素直にエルザの言葉に従う。

 普段ややいい加減な部分がありつつも、司祭としては頼りになるのは確かだ。


 それから少し歩くと、奥から音が聞こえた。

 空気の振動が伝わってくる。


 これは竜の咆哮だ。

 住処に近づく人間達に対する警告、なのだろうか。


 だが来いと言ったのは向こうだ。

 構わず進む。


 オルレアンの息が上がってきた。

 アズ達とは違い、本当にただの少女だ。


 成人男性であるヨハネと比べても体力がないのは当然と言える。


「まだ少し距離がある、一度休もう」

「私は大丈夫です」

「俺は休みたいんだよ。ほら」


 丁度倒木があり、そこに敷物を置いて腰を下ろした。

 アズは真っ先にヨハネの横に座る。


 オルレアンはそんな様子のヨハネを見て立ち止まり、ゆっくりと倒木に体重を預けて座った。


 こんな環境下で山を登って疲れていない筈がない。

 この後の事を考えれば、体力は温存するべきだ。


「本当に魔物が居ませんね」

「竜の住処には魔物が居ないんですよー。竜が狩るのか、逃げ出すのかは分かりませんけれど」


 喉をリンゴ酢を薄めた水で潤したアレクシアがエルザの話に反応した。


「竜って魔物じゃありませんの?」

「おや、アレクシアちゃん。実は竜は創世王の第一の使徒様が生み出した生命体なんですよ。増えすぎた魔物に対して生み出したんです」

「そうなんですか? 私が会ったのは第四の使徒様でしたっけ」

「ええ。残念ながらアズちゃんしか会えませんでしたが……」


 残念そうにエルザが言う。

 自分が仕える神の使徒に会いたいと思うのは、なんとなく分かる気がした。



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