第151話 上手くいけば褒美をやろう
魔物溜まりには数人の兵士が見張りの為に残され、それ以外の者はその場を後にする。
不気味な程に静かだ。
ここから出発する前に、公爵の発案でこれからの事を話し合うという名目で集まっている。
「あの規模の魔物溜まりが解放されるとどうなる?」
「先ほどの様子ですと……それなりの迷宮が生まれるか、大型魔獣の出現はあり得ます」
公爵の問いにお付きの魔導士が返答した。
「なるほどな。普通の集落に住むものならそれでも脅威か」
「ええ。大掛かりな封印の割には規模は小さいですな」
大都市アテイルは他の都市に比べ軍事力が突出している。
大型の魔獣や小さい迷宮であれば対処可能であるという自信の表れだった。
火竜に対抗できるような規模ではないが、そもそも竜とは国が対処するほどの相手だ。
どれだけ戦力があろうと一領主が相手に出来る存在ではない。
ヨハネはその会話を聞き、後ろの2人に実際はどうか尋ねる。
「その辺りは詳しくありませんわ」
「私もですねー。ただ、その程度の事に火の精霊と火竜が関わるか? という疑問はありますけど」
尤もな意見に頷く。
アズはというと、先ほどまでとは違い、体調も問題ないようだ。
オルレアンと一緒に火の精霊を眺めている。
火の精霊はアズに対してはあまり興味はないようだ。
オルレアンの頭に乗ると、まるで頭が燃えているような姿になる。
「熱くないの?」
「いえ……全く。触ってみますか?」
「私が触ろうとすると威嚇されるね」
「そうですか。残念です」
そうしていると公爵達の方針が決まったようだ。
「農奴の娘、なんと言ったか。オルレアンだったな」
「そうです」
「火竜の機嫌を損ねる訳にはいかん。少し滞在しただけであの被害だからな。護衛は付けてやるし、もし上手く事を収めれば褒美もやろう。火竜のもとへ行け」
それは命令だった。
拒否するという選択肢はない。
火竜のもとに行った場合、どうなるかなど分からない。
生贄だったときどれだけ豪華な褒美だろうとオルレアンの手に渡る事は無い。
普通なら少しは考えてもおかしくないところを、オルレアンはただ頷いた。
「分かりました。では、一つだけ願いをかなえてください」
「良いだろう。農奴から解放という願いであっても叶えてやる。私は家名と帝国に従い嘘はつかん」
「はい。願いはその時に言います。よろしくお願いします」
公爵はそう言い切った。
オルレアンは深く頭を下げる。
とはいえ、嘘をつかないが全てを明かさないというのは話術の常套手段だ。
立場の違う人間が相手だとどうとでも出来るという事実が明確に存在する。
この公爵がそうするかどうかはまだヨハネには分かりかねた。
今のところ、そこまで理不尽な人間には見えない。
「オルレアンと一緒に行って直接見届けようと思いますが、構いませんか」
「ああ、うん。そうすると良い。我々も離れた場所でどうなるかを確認するつもりだ」
ヨハネの発言はあっさり認められた。
向こうからすればついででしかないのだろう。
「近くまで送ってやろう。何時機嫌を損ねるか分からんからこれから向かう。火竜の根城はもう分かっているからな」
そう言って公爵は馬車に乗り込んだ。
俺達は大所帯なのもあって後ろの馬車だ。
乗り込んだ後、馬車が出発した。
一応気を使っているのか、中には兵士もいない。
「怖くないのか?」
「何がですか?」
「火竜の所に行くのも、それからどうなるのかも」
「怖くありません。1人で知らない場所を彷徨って居た時の方がよほど怖かったです」
野盗に襲われた時の事を言っているのだろう。
襲われた時の事は覚えていないようだが、何か酷い目にあったという認識はあるようだ。
あれに関してはオルレアンの両親が悪いとヨハネは考えている。
このような小さい子供が小銭を持って1人で生きられるわけがない。
野盗を始末した後に偶々立ち寄らなければどうなっていた事か。
それも含めて世間を知らなさすぎるのだろう。
オルレアンも、正直これからやらなければならない事をどれだけ理解しているのか。
だがヨハネはどうすることも出来ない。
「大丈夫ですか? 少し疲れた顔をしてます」
「それはお前もだろう」
「私はもう平気ですよ」
アズがそっと右手をヨハネの額に添える。
少し冷たい手がひんやりとして気持ちいいなと感じた。
手当という言葉がある。他人の、それも近しい人物の手が触れるだけで癒す。
少し気分が落ち着いていくのを感じた。
「落ち着いたよ。ありがとう」
「いえ。そんな」
すると、アレクシアとエルザの手もすっと伸びてくる。
アレクシアはヨハネの右頬へ、エルザはヨハネの左頬へ当てる。
「私達の手もありますわよ」
「どうですかー」
2人の言葉に少し黙った。
「俺で遊ぶんじゃない」
「あら、ごめんあそばせ」
「アズちゃんだけずるいですよ」
「あはは……」
オルレアンはそんなヨハネ達を見る。
「皆さんは仲が良いですね」
「なんだかんだ、面倒は見てくれてますし」
「一応信頼は出来ますわ」
アズはヨハネを見る。
「初めて信頼した人です」
照れることもなく、ハッキリと言い切った。
言われた方がむしろ照れるほどに強く。
「羨ましいです。私には友達は居ませんでした」
「私は友達じゃない?」
「いえ……。いいえ。そうでしたね」
「うん。大丈夫だよ、きっと。ご主人様は運が良いんだから」
それは初耳だ、とヨハネは思ったが黙っておいた。
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