第149話 盟約とはなにか
帝国の文字が読める全員でしばらく運ばれた資料をめくり続ける。
アズは王国文字をようやく読み書きできるようになった程度なので、後ろで控えていた。
近い国同士、文字の源流は似ているのだがやはり完全に同じではない。
しばらくすると最も古い資料の束に辿り着いた。
これは当時この辺りを占領し、併合した時に残した記録だ。
公爵家の栄光が始まった瞬間でもある。
5代前に、当時の皇帝による領地拡大の命令で軍を率いてこの地に訪れたと書いてある。
先住していた人達……オルレアンの先祖達からは大きな抵抗もなかったという。
だからこそ農奴として扱われることになったのだろう。
だが、抵抗が弱かった事で逆に犠牲も少なく済んだのは恐らく幸いだった。
この時代の帝国は血に塗れていると言っても過言ではない。
領土獲得の為に小国や部族が滅んだ時代だ。
王国と国境が接し始めた辺りでようやく落ち着いたと言われている。
非常にマメな人物だったのだろう。
資料に事細かに記してある。
今でこそ公爵位ではあるが、当時はまだ侯爵位だったようだ。
当時の帝国は今とは違い、皇帝の権限が強く領土の拡大欲も高かった。
アクエリアスほどではないが、ここは荘園に適した肥沃な土地だ。
是が非でも欲しかったに違いない。
帝国の人口を支える一助になった事が評価されて、爵位が上がり公爵になっていった。
今はその辺りの背景はどうでも良い。
更に読み進めていくと、恐らく欲しい情報が記載された羊皮紙に辿り着いた。
比較的温和に組み入れる事が出来たからか、今よりも関係性は友好的だったようだ。
色々と文化や儀式などを相手から聞き取り、書き残している。
食文化から始まり、様々な情報があった。
最後に、儀式について触れている。
火竜との盟約に関した儀式の内容とみて間違いない。
「これがそうか」
公爵が羊皮紙を広げた。
ヨハネがオルレアンを連れて見える位置に移動する。
当時の族長と侯爵の部下の会話が記録係によって残されていた。
「火竜と火の精霊への信仰、か」
精霊は絶大な力を持つ故に信仰対象になりやすい。
竜も同様だ。
教会、特にここ最近なら太陽神教の布教が及ばない場所では力ある存在を信仰するのは自然といえる。
「盟約を結び、火の精霊と火竜と巫女による三人で100年に一度この地で会う、とあるな。盟約の内容は……」
「三位一体、ですねー」
ヨハネの後ろでエルザが小さく呟いた。
主人の耳にだけ届くようにこっそりと。
振り向いて尋ねる。
「なんだそれは」
「神と子と精霊、ですよ。成体の火竜なら弱い神の代わりは務まるでしょうね」
「もう少し詳しく説明してくれ」
そう言うと、エルザが耳元に口を近づける。
すると吐息が耳をくすぐった。
「帝国に襲われたときにも助けに来なかったという事は、契約内容は一族の身の安全じゃありません。それなのに儀式の内容はかなり大がかりです」
その言葉にヨハネは頷く。
精霊の力はアクエリアスで見せつけられた。
まさに自然の脅威そのものだ。
人間がどうこうできる存在ではない。
それに加えて竜。
先ほどの戦いでは圧倒的な力だった。
肉体的な力とブレスだけで大都市を破壊できてしまう。
魔法無しであれだ。
「これは多分、何か魔物を封印しているんじゃないですか?」
「魔物、か」
「火の精霊が精霊石になっているのは多分、封印に力を使っているからですね。あの火竜も魔法は使っていませんでしたし……」
「だが、そんな魔物がもしいるなら何か資料が残ってるんじゃないか?」
「見てみましたが残ってませんね。封印自体は相当前に行っていて、盟約の更新だけが引き継がれたんだと思います」
ヨハネはそこで考えこむ。
エルザの指摘が事実ならば、かなり強大な魔物がこの地の近くで封印されていることになる。
そしてその封印を更新するために訪れた火竜。
しかし盟約を結んだ筈の一族が農奴として狭い場所で閉じ込められているのを見て様子を見に来た、といったところか。
都市での振る舞いなど竜にとっては挨拶代わりだろう。
公爵は肝心の盟約内容が分からず、頭を抱えている。
「公爵様」
「む、なんだ?」
声に反応して後ろへ振り向いた。
「この辺りで魔物が封印されていたりしませんか?」
「魔物だと……この件に関係あるのか?」
「分かりませんが、資料に詳しい内容がなければ推測するしかありません」
「魔物、魔物か。そういうのは無かった筈だが、いやまて」
公爵が手招きし兵士を1人呼び寄せる。
「おい、確か魔物溜まりの跡地があったんじゃないか?」
「東の方にありますね。確かもう魔物は出なくて枯れた後だったような」
「ああ。だから放置しておいたのだが……」
魔物溜まり。魔物が非常に湧きやすい場所の事をそう言う。
退治すればするほど小さくなったり、枯れて無害になったりする。
スパルティアの近くにある巨大な穴は巨大な魔物溜まりとも言われており、魔物とひっきりなしにあの都市国家は戦っている。
公爵はそう言うと、別の資料の束を兵士にもってこさせる。
どうやら見回りの兵士達による報告書のようだ。
「最近その辺りでいくつか妙な事件が起きていたという報告は上がっていてな」
見た事のない魔物を発見したり、周囲の気温が突然上がったり、
念のため報告は上がってきていたようだが、被害が出た訳でもない。
その為放置されていたようだ。
「一度現場に向かってみるべきだな。その少女も来い。いいな?」
「分かりました」
拒否権はない。ここまで首を突っ込んだ以上、はいさようならとも言えない。
この事件が片付くまではオルレアンの傍にいる必要がある。
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