第148話 公爵家に訪問再び

 再び公爵家の館に入る。

 前回は商談の為だったが今回は違う。

 重苦しい空気のまま廊下を歩く。

 周囲には武装した兵士が囲んでいる。


 いきなり逃げたりはしないのに。

 まるで連行されているかのようだ。

 奥にある広い部屋に通された。

 兵士達は護衛役らしき数人だけ室内に入る。


 どうやらここは資料室のようだ。

 大量の資料が大量に納められている。

 恐らく取引の台帳もあるだろう。

 商人としては見てみたいものだ。それだけの価値がある。


「生きた心地がしなかったな。あれが竜というものか」


 公爵が椅子に座り、右腕をひじ掛けにかけて右手で顔の顎を支える。

 体格の良い兵士が公爵に近づく。


「備え付けていた大型弩砲の矢が通じないとは」

「ううむ……」

「あれ以上のものとなりますと難しいですね。竜に対抗できる冒険者を呼びますか」

「最悪考えておかねばな。だが冒険者の上澄みは高くつく。財政が傾きかねん」


 どうやらあの兵士は隊長らしい。

 公爵は顔をこちらに向けた。


「それで。お前達」

「なんでしょうか?」

「儂がなぜ連れてきたかは見当がついているだろう。一体何が起こったのだ。なぜ竜は引いた?」

「それは……」


 説明出来たら苦労していない。

 だが公爵という立場の相手に分かりませんとはとても言えない。


「焦りすぎです。まずは一息つきましょう」

「レクレーヌ。今は一刻を争うのだ」

「先に手を出して怒らせたのはあなたでしょう」

「……あれは軽率だった。分かっている」


 レクレーヌ公爵夫人が間に入ってくれたお陰で、ようやく緊張感が和らいだ。

 公爵夫人の指示で兵士達が椅子を持ってきたので、まだ眠っているオルレアンを椅子に座らせる。

 その後で全員が椅子に座った。

 流石に椅子を用意しておいて座るなとは言わないだろう。


「とりあえずお茶を用意しましょう。喉が渇いたわ」

「確かに」


 一旦間を置くようだ。

 その間に何を言うべきか頭を巡らせる。

 公爵家に雇われている魔導士が水を用意し、沸騰させる。

 アレクシアの方が手際が良いな。

 やはりうちのアレクシアは魔導士として有能のようだ。


 そしてお茶が振る舞われる。

 蜂蜜が傍に添えられたので、疲れもあり少し多めに入れた。

 出来ればそのまま食べたいが、流石に行儀が悪い。

 カップに口をつけて、注がれたお茶を飲む。

 甘い。そして温かいお茶を飲むことでようやく体が緊張からほぐれたようだ。

 思わず息が漏れた。

 おっと、リラックスしすぎると良くない。


 改めて気を引き締める。

 お茶を少し時間をかけて飲みきった。

 公爵が全体に聞こえる様に咳払いをする。

 すると弛緩した空気が変わった。

 上に立つものとしての技能なのだろう。見事なものだ。


「さて……まず名を名乗っておこう。私はマーシア・グラバール公爵である」

「レクレーヌ・グラバールよ」


 公爵がまず名乗り、公爵夫人が続いて名乗った。

 こちらに向かってウインクした事から、俺達の事には気づいているようだ。


「さて。まず聞いておくが、お前達が何かをしてあの竜を呼び込んだのか?」

「それは断じて違います」

「ほう。だが口だけでは信じられぬ」

「そう言われると、証明は出来ませんね」

「だろうな」


 神に誓ってと言おうにも違う神だと意味がない。

 流石に俺達が竜を呼び込んだとは向こうも思ってないだろう。

 念の為に聞いただけのようだ。

 はい、なんて答えたら流石に命がなかっただろうけど。


「では、その少女は何者だ」

「オルレアンです。この子は――」


 なんと言うべきだろうか。

 正直に伝えるべきか、それとも誤魔化すべきか。

 一度嘘をつくと、その嘘を守るために新しい嘘が必要になる。

 何度も嘘を重ねるほど矛盾が生じてしまう。


 そうして嘘が露呈すれば信用されることはもうないだろう。

 そうなる位なら正直に言ってしまった方が良い。

 大事なのは伝え方だ。

 本当のことを言いつつ、こちらに良くなるように伝えなければ。


「公爵様の荘園の農奴です。盗賊に襲われていたのを保護してこの都市に連れてきました」

「む? 農奴だと」


 予想していなかった返事だったのだろう。

 少し間が開く。


「農奴が私を庇ったというのか」


 そういえばオルレアンは公爵達がブレスに襲われそうになったところを助けに入っていたな。

 あれは肝を冷やした。オルレアン諸共死んだかと思ったぞ。


「確かに荘園の者たちと同じ部族ではあるようだが……」


 公爵はオルレアンの顔つきを見る。


「あの竜はどうやら荘園にいる人達と昔何か約束をしたようです。それで再び姿を現したら様子が一変していたので近くの都市に来たのではないかと」

「そのような事を言っていたな。竜の声なぞ初めて聞いたわ」


 頷く。

 オルレアンの行動により、今のところ好意的なようだ。

 流石に農奴相手でも身を呈した命の恩人と感じるのだろうか。


「我がグラバール家は祖父の代、この辺りを当時の皇帝陛下の命令で併合したのだ。それ以来当主が領主として治めている。おい」


 兵士の一人を公爵が呼び、声を掛けている。

 呼ばれた兵士が公爵から話を聞き、数人がかりで大量の羊皮紙を運んできた。

 全て資料だ。どうやら当時の事を記録しているらしい。


 流石は元老院に席を持つ大貴族といったところか。

 こういうところで領地経営に差が付く。

 酷い貴族だと税もまともに回収できずに領地を運営できないからな。

 そういった領地に太陽神教が入り込み、手助けする代わりに中枢に潜り込む。


 うちの都市でもやられた手段だ。

 おっと、思考が別の方へ向きそうになった。


「当時のあの者たちとの会話や風習などが記してあったはずだ」


 いくつか羊皮紙をめくる。

 すると、今農奴として荘園にいる人達の事がまとめられた資料に行きついた。

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