第147話 かつて結ばれた火竜との盟約
誰もが固唾を飲んでその様子を見守っていた。
立場的には市民よりも下の農奴であるオルレアンが、この場の誰よりも注目を浴びている。
火竜は尻尾を地面に叩きつけた。
その衝撃で地面が振動する。
思わず尻餅をつきそうになるがエルザが後ろから支えてくれた。
背中に柔らかい感触を感じる。
「すまん、助かった」
「いえいえー」
支えてもらい、なんとか自分の力で立つ。
アズやアレクシアはあの振動でも立っていられたようだ。
多くの市民はへたりこんでいる。
中には這いずってでも逃げる者たちが出てきた。
その様子を見て他の者も我先にと逃げ出す。
火竜の登場から大分遅れてパニックが起きたようだ。
<理解できぬ。理解できぬぞ>
火竜はそう言って顔をオルレアンに近づける。
吐息が熱そうだ。
<人間は何故同じ人間を支配する? 我が子がお前の様子を見た。かつての自由なお前とは思えぬ>
「それは……私には分かりません」
火竜は公爵に顔を向ける。
喉を唸らせるだけで兵士は真っ青になった。
それでも公爵を見捨てて逃げないあたり人望はあるようだ。
「貴方はなぜここに来たのですか? 私を何故呼んだのですか?」
オルレアンだけが火竜に怖気づいていない。
堂々と火竜と向き合い、言葉を交わしていた。
恐れを感じていないのか。
<盟約の期日である。百年毎に一度それを行ってきた。それも忘れてしまったか>
「はい」
オルレアンが答えると、しばし静寂が場を支配した。
誰も間に割って入る事は出来ない。
<お前たちは……>
「命を奪うことはおやめください。どうしても必要なら私で我慢してください」
オルレアンはそう言って火竜に一歩近づく。
<昔と同じことを言う>
火竜はそう言うと、羽を動かして再び空を飛び始めた。
<盟約の全てを思い出し、我が住処に来るがいい。再び結ぶつもりがあるならば>
それを最後に、あっという間に上空へと浮上し居なくなってしまった。
山へと向かっていく。
その場にいる誰もが呆気にとられている。
オルレアンが火の精霊石を落として、ふらついた。
地面に倒れ込みそうになる。
慌てて走るが、アズの方が早い。
ギリギリ腕を滑り込ませて地面に激突するのを防いだ。
「大丈夫です。頭は打っていません」
「そうか……」
「意識がありませんわ」
エルザが様子を見る。
「気絶かな? 心配しなくてもしばらくすれば目を覚ましますよ。火傷だけ治しておきますねー」
「火竜とあんな近くまで接近していたんだ。心労もあるだろう」
命の危険を常に感じていた筈だ。
壁画に描かれていたのはやはりオルレアンの一族と関係していたのか。
なんらかの盟約をオルレアンの先祖が結び、その期限が来たので火竜が姿を現した。
だが、荘園で農奴に身を落としたのをみてこの都市に来たというところか。
一体何の盟約を結んだのだろう。
保護が目的なら、オルレアンの一族が帝国に飲み込まれるときに火竜が現れて守っていた筈だ。
だとすると、襲わない代わりにやはり生贄の類だろうか……。
火竜は住処に来ることを要求していた。
それを無視して仮にオルレアンを連れて逃げてもあの様子では追いかけてきかねない。
置いて逃げるという考えが浮かばなかったわけではないが、同時に興味もある。
かつて何が起きたのか。
火の精霊石がなぜオルレアンだけが所持できるのか。
熱を持った今、アズでも持てない。
そうしていると兵士達がこちらに近づいてくる。
そして、少し遅れて公爵がやってきた。
しまった。長居しすぎた。
さっさと立ち去るべきだったか。
「お前たち、とりあえず屋敷に来てもらおう」
有無を言わせぬ声だった。
なんせ火竜が都市に現れたのだ。
都市の存亡にかかわる緊急事態なのは分かる。
無理に抵抗するよりは従った方が印象が良いか……。
公爵夫人もいる。
怪しい身分ではないと口添えもしてもらえると助かるのだが。
貴族に多くを期待するのは危険だ。
いざとなったら強引に逃げるしかない。
ここには信頼している皆がいる。
公爵が移動したので追いかける為にオルレアンを背負う。
小さい吐息が聞こえた。
よくこの小さい体で面と向かって火竜と話そうと思ったものだ。
胆力は相当なものに違いない。
こいつが商人になれば。もしかしたら大成功するかもしれないなと思った。
商売は結局のところ運だ。
いざという時にその運に乗れるかどうかは、胆力に左右される。
奴隷を使って稼ごうとしたときは随分悩んだものだ。
買われた人間はどのぐらい熱心に働いてくれるか。
もしかしたらやる気がないのではないかと余計な心配ばかりしていた。
結局はアズたちは良く働いて尽くしてくれている。
少なくとも買った三人に対しては杞憂だったわけだ。
新しい奴隷を買うかどうかはずっと保留にしている。
数を増やすことは簡単にできる。
アズたちの稼ぎを使えばいい。
だが、正直目が届かない。
監督する人間を雇って奴隷を働かせると、そいつが陰で奴隷を虐げても俺には分からないかもしれない。
恨み辛みとは恐ろしいものだ。
商人をやっていると嫌でも目撃する羽目になる。
そしてそれが巡り巡って俺に返ってくるかもしれない。
そう思えば、やはり奴隷の数は目の届く範囲までにしておくかという考えに落ち着く。
大量に買い取って大人数で働かせる工場や農場もあるし、そう言う場所は儲かっているのも知っている。
それに、今更男の奴隷を買う気にはならないが女が増えるとそれはそれで肩身が狭い。
現実逃避の為にそんな事を考えていると、あっという間に公爵の館に到着してしまった。
精霊石はオルレアンがいつの間にか持っていた。
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