第146話 火竜君臨

 オルレアンを追いかけながら周りを見ると、周囲は騒然としていた。

 火竜の咆哮は離れていても嫌でも聞こえる。

 それに加えてあの目立ちよう。

 すぐに火竜が来たことが都市全体に知られるだろう。

 群衆にパニックが起きてないだけマシだ。


 もしかしたら、皆どうすれば良いのか分からないのかもしれない。

 普通に生きていれば火竜と遭遇する機会などまずないと思う。

 カサッドなど、何十年も竜の襲撃なんてなかった。


 オルレアンがいくらすばしっこいとはいえ、歩幅が違う。

 なんとか肩を掴むことに成功した。

 火竜の姿がはっきり見えるほど近づいている。

 睨まれただけでどうにかなりそうだ。


「怖いですね。肌がピリピリします」

「ああ。とんでもないな」


 火竜が羽ばたく度に風が吹いた。

 じっとこっちを見ている。

 オルレアンが目的で来たのは間違いなさそうだ。

 今ではとても逃げ切れないだろう。


 そもそも空を飛ぶ竜を相手に走っても無駄だ。

 ゆっくりと火竜が地面に降りたつ。

 地面に足が付くと同時に地面が揺れた。

 そして大きく息を吸いはじめ、火竜の体が大きく膨らんだ。

 再び怒号のような咆哮の後、空へと火を噴く。


 なんという威容だろう。空気が揺れている。

 もはや生物というよりも災害のような存在だ。

 空に吐いた火は地面に落ちる前に消えていく。

 威嚇なのだろうか。

 そんなことをしなくても、恐ろしさは伝わってくるというのに。


「あんなの浴びたら、骨も残りませんねー」

「滅多なことを言うな」

「……あれと戦うのは御免ですわねぇ」


 最強の冒険者ならば戦えるのかもしれないが、うちの奴隷達はまだそこまでの領域には達していない。

 竜の鱗は剣を弾き、竜の足は容易く人を踏み潰すという。


 都市の軍隊が慌てて集まり始めるが、数が少ない。

 荘園に多数の兵が向かった所為だ。

 人数が多ければ刺激していたかもしれないので、ある意味良かったかもしれない。


 オルレアンは俺の手からすり抜けて前に出た。

 手前の距離まで近づくと、じっと火竜を見ている。


「何か、言いたいことがあるのですか?」


 オルレアンが尋ねた。

 竜は高い知能を持ち、人間の言葉を理解すると聞いたことがある。

 しばし、火竜とオルレアンは見つめ合う。

 険悪な雰囲気は感じない。


 少なくとも襲ったり食べるつもりはないようだ。

 そうするつもりならもうしている。

 竜が口を開こうとした瞬間、矢が火竜に向けて放たれた。

 ただの矢など竜の鱗は容易に弾いてしまう。


 だが、当たった感触は感じるのだろう。

 ゆっくりと矢の放たれた方を振り返る。

 そこには人ほどの兵士達と、少し恰幅の良い男がいた。

 身なりがいい。それなりの身分に見える。

 元老院の一席を務める公爵が彼なのだろうか。


 兵士に指示して、再び弓を弾き矢を竜へ向けている。

 もしかして彼はわざわざ前線に出てきたのか?

 普通貴族は後ろに居るのが当たり前だ。

 あんなものでどうにかできるわけがない。


 せめて外壁の上にある据え置き式の大型弩砲でなければ鱗は貫けない。

 それはゆっくりと竜に向けて旋回しているのが見える。

 恐らく矢で注意を引きつけて、あの大型弩砲で一気に撃ち抜くつもりなのだろう。

 公爵夫人の姿も見える。


 火竜の雰囲気が変化していく。

 それほど攻撃的な感じはしていなかったのに、一気に警戒度が上がり始めた。

 竜の口に火が集まり始める。

 公爵に向けて火のブレスを撃つつもりだ。


 もしそうなったら全力で逃げるしかない。

 巻き添えで確実に死ぬ。

 複数の大型弩砲が火竜に照準を定め、引き絞られていくのが見える。

 巨大な矢は大型モンスターを倒し、攻めてきた軍隊の櫓を一撃で破壊していく。


 火竜であっても効果はあると思うが……。

 三ヵ所から火竜の胴体に向けて巨大な矢が放たれた。


 上空を通過して風切り音が聞こえる。

 あと少しで当たると思った瞬間、火竜の尻尾が大きく振りかぶり、矢を見もせずに尻尾で弾き飛ばした。

 尻尾に少しだけ傷がつくのが見えたが、それだけだ。

 矢が三本とも弾かれ、破壊されて付近の家に散らばる。


「あらあら」


 そのうち一本がこちらに来たのでエルザがメイスを使って撃ち払った。

 大型弩砲すら効果がないとは……。

 なんという怪物だ。


 呆気にとられた瞬間、オルレアンから目を離してしまった。

 気付いた時には火竜がブレスを吐く瞬間、公爵達に走り出す姿が見える。


「よせ!」


 叫ぶのが精一杯だった。

 火竜のブレスが放たれる。

 赤い炎が猛烈な勢いで公爵達に向かっていく。


 オルレアンは公爵を庇うように、前に立ちはだかり火に包まれた。

 誰がどう見ても即死だ。

 何故そんなことをするのか。

 いや、そんな場合ではない。

 ブレスが地面に広がればすぐにここまで来てしまう。


「……あれを見てください」


 アズに言われて、改めて見る。


 オルレアンのいた場所から火は広がっていない。

 むしろ、火は中心に吸い込まれるように消えていく。


 誰もが危機的状況にもかかわらずその光景を眺めていた。

 公爵も、都市の人間も、皆同じように。


 やがて火が全て消える。

 オルレアンが手に持った火の精霊石に、全ての火竜の放つ火が全て吸収されたのだ。

 火の精霊石は眩く輝き、高熱に達しているのかオルレアンの手を焼く音がした。

 オルレアンは火竜に向かって顔を上げる。


「やめてください」

<なぜ、かばう?>


 オルレアンの声に、火竜が答えた。

 頭に直接声が聞こえる。初めて感じる感覚だった。


<かつて、私と契約した民よ。虐げられて何故その相手を庇う?>


 火竜はそう言うと、オルレアンの後ろを見る。

 兵士は戦意を挫かれ、公爵は腰を抜かしている。

 今のブレスで肝を冷やしたのだろう。

 火竜にとっては、人間の地位など関係ないのだ。

 

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