第141話 亀退治

 グリーンタートルは大部屋の一割を占める巨体をのっそりと動かす。

 大きさにふさわしい鈍重さだった。

 主な攻撃方法は踏みつけ、頭突き。

 迫力はあるが、予備動作も分かりやすいので回避は簡単だ。


 攻撃を回避して近づき、剣で斬る。

 前衛である私にとっては何時ものことだ。

 甲羅は一度思いっきり剣で殴ってみたが、剣に魔力を籠めてようやく僅かな傷が入るかどうか。

 そもそも表面に土だの草だのが茂っていて効果は半減だ。

 反動で手が痛い。


 甲羅から出ている足と首を狙った方が良さそうだった。

 私の攻撃よりもアレクシアさんの魔法の方が効果が高い。

 甲羅に当たろうとその熱がグリーンタートルの体力を奪う。


 私の役目は定期的に足を斬り、首を狙う事でヘイトをこちらに向ける。

 巨体故か体力が今まで戦った相手とは比較にならない。

 回復能力も持ち合わせているのか、浅い傷は少しすると消えてしまう。

 私一人で倒せと言われたら一体どれほど時間が掛かるのか……。

 そう思っているとグリーンタートルの頭が火球に包まれ、大きく後退した。

 一旦距離をとり二人と合流する。


「しぶといわねー」

「見た目相応ですわ」

「でも魔法は効いてますね。このままいけば倒せると思います」


 ある程度弱めれば、使徒の力とやらで一気にダメージを与えて終わりだろう。


「アズちゃん、分かってると思うけど」

「無暗には使いません。大丈夫です」


 使徒の力を使うと消耗が激しい。

 水の精霊が一緒になってからは少し負荷が軽くなったが、それでも多用すると気を失いそうになる。

 グリーンタートルはこちらを眺めると、首と足をひっこめて甲羅に籠る。

 そしてそのまま回転を始めた。


「あれ、ちょっとまずいのでは?」

「そんなこと言ってる場合じゃありませんわ!」

「走って!」


 甲羅が回転し、どういう原理かそのまま動き出した。

 あの巨体で回転したままこちらに衝突すれば、人間などひとたまりもない。

 バラバラに引き裂かれてしまうだろう。

 回転の勢いで魔法も弾かれていく。


「どうしますー?」

「どうするって言われても!」


 エルザさんの問いかけに怒鳴り声で返す。

 流石にあんな勢いは剣でどうこうなるとは思えない。

 使徒の力を使えば止められるかもしれないが……。


「アズ、ちょっとこっちに!」


 アレクシアさんに呼ばれてそっちに行くと、右腕を掴まれる。


「水の魔法でひっくり返しますわ。水の精霊を思い浮かべて」

「わ、分かりました」


 右目にいる水の精霊に意識を集中した。

 普段は認識するのも難しいが、確かにそこにいる。

 すると水の精霊とアレクシアさんに何らかの繋がりが生まれるのを感じた。

 グリーンタートルが回転しながらこちらへと近づく。

 進路は分かりきっている。

 私の後ろにアレクシアさんがいて、二人して右腕を敵に向けた。


「今!」


 回転して近づく甲羅の下から滝のような水柱が噴出する。

 グリーンタートルの巨体が少し浮く。

 そこをエルザさんが思いっきり叩いた。

 回転のせいで水が思いっきりこちらに被さってきたが、その甲斐あって見事に甲羅が裏返った。


 亀が裏返ると、見事に何もできなくなる。

 手足を甲羅から出してバタバタさせている。

 時間が経てば元に戻るのかもしれないが、少なくとも今は何もできないようだ。

 剣を構えなおす。

 全身ずぶ濡れで気持ち悪いのだが、今しかない。


「行きます!」


 少し可哀想だが、しばらく時間をかけて討伐した。

 巨大な亀の甲羅が素材として残ったのだが、運ぶ手段がない。

 砕けば運べるかもしれないが、そんな時間も道具もない。

 お金にはなるかもしれないが……。

 戦利品を無視して奥に行くと、一本の木があった。

 澄んだ水の中で根を張っている。

 部屋の中は先ほどの部屋とは違う空気を感じた。


「この木が白銀桃の木でしょうか?」


 近づいてみると、確かに桃がいくつか実をつけている。


「甘い香りがしますねー」

「これが白銀桃……」


 採取キットを取り出し、説明書を読む。

 手順は簡単だ。ただ手早くやらないといけない。

 道具を広げて、アレクシアさんの魔法で手を奇麗に洗う。

 澄んだ水に手を入れると汚れてよくない影響がある気がした。

 エルザさんのお陰で今の私はとても綺麗な状態だ。


 白銀桃の一つに手を触れ、もぎ取る。

 手に取った瞬間から命の輝きが消えた気がした。

 特殊な食材だと聞いていたが、たしかに厄介な素材だ。

 皮を剥き、濾し布で包んで果汁を絞る。


 透明な液体が滴り落ち、芳醇な匂いが周囲に満ちた。

 余りに甘い匂いに思わず喉がなる。

 フラスコから地面にこぼれた液体はすぐに濁ってしまった。

 痛むのが早い、早すぎる。


 二つほど絞り、フラスコが一杯になった辺りで栓で蓋をする。

 少し振るとチャプチャプと音がするが、透明すぎて音が無いと中身があるのか判断するのも難しい。


「ねぇ、食べてみない?」

「そうですわね。こんな機会又あるかどうか」


 確かに、と思った。

 用事は済んだが、それ位の時間はある。

 それぞれが一つずつもぎ取り、そのまま齧る。

 甘く、しかし僅かに酸味のある果汁が口に溢れ、喉へと流れる。

 果肉は柔らかく、噛まずに飲み込めるほどだ。


 食べると寿命が延び、少しだけ能力が増すと聞いたのだけど実感はない。

 ただ、こんな美味しい食べ物は食べたことがないのは確かだった。

 一つ食べただけで不思議と満たされる。


 出来ればヨハネ様にも食べて貰いたかったが、ここでしか食べられないのだから諦めるしかない。

 時間があれば連れてくることも出来るのだが……、いやダメだ。グリーンタートルと戦わせられない。


「ちょっと熟れすぎかなー」

「そうなんですか?」


 食べ終わるとエルザさんがそう言った。

 以前食べたことがあるのだろうか?


「あはは。ちょっと前にね」

「もう驚きませんわよ」

「とりあえず、行きましょうか」


 エルザさんは奴隷になる前は孤児院を営んでいたというが、それにしては物事を良く知っている。

 それに対して思うところはあるものの、だからどうしたという気持ちもある。

 ただ、たまに別人だと思う瞬間があるのは確かだ。

 フラスコが割れない様に厳重に包む。

 後は急いで戻るだけ。


 白銀桃の木の部屋を後にする。

 戦っている間に結構時間が経ってしまった。

 それに体が少し暑い。

 残り七日。

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