第140話 緑の迷宮
ヨハネ様と別れ、私たちは久しぶりにポータルを抜ける。
冒険者身分は本当に便利だ。
浮遊感を感じると共に大きな距離を移動する。
背負いなおした背中のリュックには、各種便利セットに水と食料と採取セットを積んである。
今回は時間との勝負だ。
ポータルの管理小屋で税金を支払い外に出る。
ここは都市グリーリンだ。
位置的にはカサッドから王都よりも離れている。
規模としてはカサッドより小さいが、豊富な資源に囲まれているらしい。
これから目指す緑の迷宮もこの都市を支えている資源の一つで、様々な資源が手に入るとヨハネ様から貰った資料に書かれている。
良質な薬草や木材などが代表例だそうだ。
今回は白銀桃だけを狙って行き帰りはなるべく時間を短縮する。
他に冒険者組合からの依頼をこなす余裕はないので立ち寄りもしない。
緑の迷宮は徒歩で一時間ほどの位置にあるのを確認し、都市を出る。
出来れば次にこの都市に来るのは白銀桃のエキスを持ってからにしたい。
小走りで移動しながら簡単に打ち合わせを行う。
「期日まで十日です。帝国の目的地に行くのに二日と考えて八日。香料が出来上がって包装するのに一日と考えて七日。早ければ早いほどいいですけど、四日以内に終わらせたいですね」
「確か風の迷宮並の難易度でしたわね。敵の強さよりも距離の方が問題ですわ」
「さっき地図を買ってきたから迷う心配はないからねー」
そう言ってエルザさんが迷宮の地図をひらひらさせている。
いつの間に……。だけど助かる。
緑の迷宮は大きめの迷宮で入り口も大きい。
他の冒険者もそれなりに出入りしていた。
塔のように上へ上へと伸びている。
中には入り口前でキャンプを張っている冒険者も見かけた。
低層で素材でも集めるのだろうか?
すれ違う冒険者と互いに会釈をしながら進む。
地図は簡易的なものではあったが十五層までの階段の位置が載っている。
多分リスクとリターンが合うのがここまでなのだろう。
階段を目指して突っ切る。
低層の魔物は地上の魔物と大差がない。
大した脅威にも遭遇せず階層を進む。
十層を超えたあたりから冒険者の気配が消え始めた。
遭遇する魔物も次第に強くなる。
出てくる魔物は緑の迷宮の名前が示す通り、木の魔物であるトレント系や植物の魔物が多い。
魔石だけ拾って放置していく。
迷宮の中なら魔物の死骸は勝手に消えるので気にしない。
魔物が強くなったといってもまだ問題は感じられなかった。
封剣グルンガウスに魔力を乗せれば十分致命傷を与えられるし、アレクシアさんの得意な火魔法はよく効く。
結果的にほとんどここまで移動時間だけで済んだ。
十二層まで来た辺りで大きな窓があり、外が夜になったのに気付く。
息も少し上がってしまっている。
奥に階段が見えた。
どうやらここは通り抜けるだけのエリアのようだ。
他の冒険者達もここで休憩をとるのか、天幕や火を起こした跡がいくつか残っている。
「一度休憩しましょう」
「そうですわね。ここまで順調だと思わなかったですわ」
「賛成ー!」
二人は私より疲労が少ない。
先頭を歩いているのもあるだろうけど、体力面がまだまだ足りないなと痛感した。
この辺りは体の成長に期待するしかない。
簡単な食事を水で流し込む。
魔物が出なくても他の冒険者と遭遇する可能性があるので交代で睡眠をとる。
なんせ私たちは女性だけのパーティーだ。
しかも身分は奴隷。
自分たちの身は自分で守らなければ。
交代で明け方まで眠る。
幸い、他に冒険者は来なかった。
人気があるのは低層だけのようだ。
喉を水で潤してから濡れた布で体を拭く。
エルザさんの浄化の奇跡は毒とか穢れは消し去ってくれるけど、流石にそれだけでは気持ち悪さがなくならない。
後始末をして、再び出発した。
十三層に辿り着いた瞬間、漂う空気が変わる。
魔力が濃いのだろう。
遭遇する魔物のサイズも一回りは大きい。
なるべく交戦を避けて移動するが、階段近くに居座られたら戦うしかない。
通路を葉で塞ぎながら歩く木の魔物を倒す。
上質な木材が採れるそうだが、今の私達には不要だ。
まだ苦戦するほどの魔物ではない。
ひたすら進む。小休止を挟みながら階層を進める。
ようやく地図のある十五層を走破し、十六層に上った。
ここから先は階段を探しながらだ。
「なんで地図がないんでしょうか」
湿度が高いのか、滴る汗を拭いながら口に出した。
水筒の水を飲み干してしまったのでアレクシアさんに補充してもらう。
「んー、なんでもここからは定期的に形が変わるらしいよ」
「ああ、そういう迷宮ですのね」
「うんうん。出てくる魔物とか、手に入る素材とかは変わらないらしいんだけど。形が変わるから地図の意味がないんだって」
「それは……帰り道が苦労しますね」
「形が変わるのは三日周期らしいから、色んな意味で急がないとね」
「変わったばかりならいいのですけど……」
アレクシアさんの漏らした言葉が聞こえた。
再び探索のために進む。
階段を探しながら魔物を倒すのは今までの倍近くの時間を要した。
幸い階段の配置は地図があった階層と似たような感じだ。
アタリが付けられるのは助かる。
ヨハネ様に間に合いませんでした、という報告はしたくないし。
手間取りつつもようやく十八層への階段を上り、グリーンタートルと呼ばれる亀の魔物を見つけた瞬間。
地面が揺れた。
慌てて大部屋に飛びこむと、大きな音が周囲で響く。
迷宮の形が変化したのだろう。
だが、それを気にしている暇はない。
グリーンタートルは私たちに気付いたのか、苔やら植物の茂った緑色の甲羅から首を出す。
大きい。いかにもタフで力強いのが伝わる。
この魔物を倒し、白銀桃を何としても持って帰る。
それが今の私たちの仕事だ。
私は剣を構えた。
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