第139話 白銀桃が欲しい

 白銀桃を除く素材を集めることが出来たので、錬金術師であるラミザさんの元に持ち込む。

 ラミザさんは客の来ない店を一旦閉めて調合に専念している。

 裏から回り込み、調合用の小屋をノックしてそのまま扉を開く。

 小屋の中では甘い匂いが広がっていて鼻がおかしくなりそうだ。


「来たねぇ。早いじゃないか」

「白銀桃以外は揃ったよ。仕事を進めてくれ」

「おー。優秀優秀。私からも今度素材採取を頼もうかな」

「それは構わないけど、諸々が終わってから頼む」

「分かってるよぉ」


 大きな壺のような鍋を火にかけ、それをかき混ぜる。

 錬金術師というよりは完全に魔女というべき見た目だった。

 ラミザさん本人は美しい顔をしているのだが、よく寝ているのになぜかとれない目の下のクマや黒い服、陰気な雰囲気がそれを後押ししている。


 錬金術師としては別に問題はないのだろう。

 そういえば銅像の件で大きく荒れてこの都市では太陽神教の信徒は大幅に減った。

 残った信徒も熱心な信徒ではなく、なんとなく続けている程度に過ぎない。 

 聖職者も布教は避けているようだ。


 王国の他の都市ではどうなのだろうか。気になるところだな。

 アズやエルザがいずれまた太陽神教と衝突する可能性がないとは言い切れない。

 そんなことを考えている間にラミザさんは手際よく素材を調合していく。

 すると甘い香りがより強まってむせかえるようだ。


「窓を開けるよ」

「どーぞ」


 口と鼻を右腕で塞ぎながら窓を開け、換気をすると新鮮な空気が室内に満ちる。

 ようやくまともに呼吸ができた。

 大きく深呼吸する。


「凄い量ですね」

「香料だけで二百個だからな」


 アズは感心している。香料に関心があるのだろうか?

 まだ幼さが残ると言っても女だ。

 匂い袋くらいは今度用意してやろう。

 冒険のストレス軽減にもなるだろうし。


 石鹼の方は後は包装だけで完了する。

 香料をどれだけ早く完成させられるかが期日までに間に合うかの鍵だ。


「白銀桃のエキスはやっぱり足りないねぇ」


 栓をしたフラスコをラミザさんが振ると、わずかな液体が揺れるのみだ。

 どうやら中身が白銀桃のエキスらしい。


「他は進めておくから、頑張って手に入れてきてね」

「やっぱり必要になるか」

「まーなくてもそこそこの品質にはなるけど、公爵夫人様に納めるならちょっとねぇ」


 品質を落としてもよい場合とよくない場合がある。

 今回は絶対に落とせない場面だ。

 白銀桃……、アズたちが出払っている間に情報は集めておいた。

 以前から気になっていたものでもあるので、改めて念入りに調べている。


 白銀桃は特定の迷宮の決まった階層か、死の森の奥地で手に入れられる。

 もいだ後三十分ほどすると腐ってしまうという習性があり、基本的にその場で食べてしまう。

 ちなみに食べると能力が少し向上し寿命がわずかに伸びる。

 採取して直ぐ特別な加工を行うと、それでようやくエキスを抽出できるのだがそれが肌に特別な潤いをもたらす。


 香料に混ぜることで貴族でも欲しがるものになるというからくりだ。

 普段売っているものには白銀桃のエキスは入っていない。

 試作品という事で行商に持っていったのだが、それが思わぬ成果につながったというわけだ。

 白銀桃が混じっていなければこんなことにはならなかったと思う。


「これが採取用の道具ね」


 ラミザさんから白銀桃のエキスを手に入れる為の道具一式を借り受けた。


「桃の皮を剥いてこの布で包んで、果汁を絞り出してこのフラスコの中に濾してね」

「これ以外でやるとどうなる?」

「すぐダメになるよ。言っておくけどこれ一式で金塊一つより価値があるから」

「なるほど……」


 丁重にバッグに入れる。

 そのまま調合をラミザさんに任せ、調合小屋から出た。


「あの、ご主人様」

「どうしたアズ」

「この場所なんですが……」


 アズが白銀桃の入手地点を指さす。

 距離的に最も近い採取ポイントだ。

 緑の迷宮十八層の奥で入手できる。

 ちなみに普通の冒険者は白銀桃は狙わない。


 効果とリスクが釣り合わないからだ。

 緑の迷宮十八層の奥には、迷宮内で最も強いグリーンタートルが白銀桃を守るように陣取っている。


 このグリーンタートル、強さもさることながら亀型の魔物らしく硬くてタフなのだ。

 素材も大きな甲羅と魔石位しか手に入らないし甲羅はとても持って帰れない。

 そして倒した後手に入る白銀桃は錬金術師の協力が無ければ食べるか腐るか。

 それなら無視して奥に進んだ方が儲かる、と経験者から聞いている。

 ちなみにフィンに採ってきてと頼んだらアホかと怒られてしまった。


「で、この場所がどうした」

「ご主人様を連れて行くのはちょっと……危ないというか、危険というか」


 アズが非常に言いにくそうにしている。

 言いたいことは分かる。アズの足を引っ張るつもりはない。


「分かった。三人で行ってきてくれ」


 そう言うとアズはホッとした様子だった。

 以前よりずっとお互いに信頼関係があるとはいえ、アズ側からは言い出しにくいだろう。

 耳を傾けずにいた結果命を落としたり怪我をするのは馬鹿らしいので、しっかりとアズからの進言は受け入れる。


「実際三人だとこの迷宮はどうなんだ? 攻略できそうか?」

「風の迷宮より少し難易度が高いみたいですけど、十八層までなら大丈夫だと思います。移動時間もポータルが使えそうですし、どれだけ早く潜って帰れるか、ですね」

「ちなみに、グリーンタートルは私にとってはただの大きな的ですわ」

「特別困難な迷宮じゃないですからねー」


 問題はなさそうだ。油断大敵とだけ伝えて早速三人には移動してもらう。

 ちなみにすぐ出発できるように道具や食料は部屋に用意してある。


「それじゃあヨハネ様、ここで」

「ああ。気を付けて行ってきてくれ」


 アズたちが移動を開始した。

 期日まであと……十日

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