第138話 植物の根を引き抜く

「エルザ様、道はこちらで合ってますか?」

「んー? うん、合ってるよ」


 私はオルレアンと共に目的地に向かっている。

 都市から西に向かうと湿地地帯があり、そこの近くに群生地がある。

 奴隷と農奴が二人、見張りもなく歩いている。

 これだけでも普通とは言い難い状況だ。


 逃げようと思えば逃げられるのに、逃げない方が良い暮らしができると思わせるのはきっと狙ってやっているのだろう。あの主人は。

 色仕掛けに応じないのは少し不満だけど。

 首元のロザリオを右手で弄る。

 神の声は聞こえない。だが神の奇跡は問題なく使えている。

 それは当然だ。なぜなら――


「魔物です。エルザ様」

「そうだねー」


 小型犬の魔物が二匹、私たちを睨んで吼える。

 どうやらこちらを襲う気があるようだ。

 祝福と共にメイスを構える。

 特に強い魔物ではないので、それぞれ一撃で倒した。

 物理が効く相手ならこんなものだ。

 オルレアンが魔物から器用に魔石を抜き取る。

 一度教えたことは忘れない、優秀な子。


「ほら、手を洗って」

「ありがとうございます」


 水で魔石と手についた血を洗い流すと無表情でお礼を言ってくる。


「ほら、笑顔笑顔」


 そう言って私は指先でオルレアンの口元を広げる。

 すると目は動いてないのに口元だけが笑みの形になり、なんともミスマッチだ。

 思わず笑いそうになってしまった。


「どうかしましたか?」

「なんでもないよー」


 そういって誤魔化す。

 魔石は袋の中にしまっておいた。

 うちの主人はお金になるものが大好きだ。

 私たちがこうしてわざわざ採取に向かっているのもお金の為だし。


「魔物は」

「うん?」

「魔物はなぜ生まれるのでしょうか?」

「うーん」


 子供っぽい質問だ。

 誰しもが気になってはいるものの、分かったからと言ってどうにもならない。

 司祭として教義から答えるとしましょう。


「一つは世界の穴から渡ってくる。都市国家スパルティアがこの魔物とずっと戦って堰き止めてくれてる」

「渡ってくる……魔物の国があるのですね」

「そうだねー。そう言われてるけど、向こうに渡って生きて帰ってきた人は居ないから」


 実は居るのだが、言うとややこしくなってしまうので秘密だ。


「もう一つは自然発生する場合だね。世界の歪みが瘴気になって魔物が生まれる、と言われてるよ」

「歪み、ですか」

「そうそう。結局そうやって生まれた魔物も有効活用しちゃうんだから、人間って逞しいよ」


 私がうんうんと頷いていると、オルレアンは納得したのか顔を前に戻した。

 歩幅を合わせながら移動したので、目的地に到着した頃には日が落ち始めていた。


「申し訳ありません」

「気にしなくて大丈夫。まだ時間はあるから」


 自分のせいで遅くなったと思ったのだろう。

 頭を下げるオルレアンの頭を撫でる。

 背中に背負ったリュックの中にしまっていた天幕を取り出し、二人で協力して組み立てた。

 その後聖水を天幕の周りに撒いて結界を張れば弱い魔物は寄ってこない。

 残念ながら火をつけてくれるアレクシアちゃんはここにはいないので、枯れ枝を集めて火打石を使うしかない。


「お待ちください」


 オルレアンはそう言うと、主人に貰った首下げポーチから火の精霊石を取り出す。

 ちなみに首下げポーチはとてもよく似合っている。

 火の精霊石を枯れ枝に近づけると、小さな火が枯れ枝に伝わり火が付く。

 水を入れた鍋を焚き火にくべる。


「おーすごいねー」

「石からできると伝わってきたので」


 そう言って再びポーチに仕舞う。


「精霊石が何を言っているのか分かるの?」

「はい。なんとなくですが」

「なるほどねぇ」


 精霊と仲が良くなる人間はちょくちょくいる。

 アレクシアちゃんもそのうちの一人だ。

 だが精霊石から意思をくみ取るとなると話が違う。

 あの壁画の内容も気になる。


「ねぇ、両親から背中の入れ墨のことは何か聞いてる?」

「伝統だということ以外は何も……。多分詳しいことは知らないのではないかと思います」


 帝国の荘園に部族ごと組み込まれ、年月と共に忘れられていったのだろうか。

 文化というものは継承が難しく容易く途絶えてしまう。

 何度も見てきた光景だ。

 火の精霊と心を通わせた一族なのは間違いないだろう。

 火竜との関係性までは分からないけど。


 簡単な干し肉と乾燥させた野菜のスープを硬いパンと共に頂く。

 神に今日の糧への感謝を捧げるとオルレアンも真似をした。いい子だね。

 天幕は一人用なのでオルレアンと寄り添って眠る。

 火の精霊石が温めてくれるので寒さはない。

 余程この子は愛されているのだろう。


 次の日の朝、少し探すと目的の植物は簡単に見つかった。

 この植物からオイルを採取し、花の蕾を漬けて特別な薬品を混ぜることで精油の原料にするのだそうだ。

 錬金術は個人個人によって大きく違うので体系化されたものではない。

 その特別な薬品とやらも手作りの薬品らしい。


 植物を掴む。シルクの手袋が汚れるのは困るなぁと思いながらも、経費だからと言えば新しいモノを買ってくれるので遠慮なく根ごと引き抜く。

 それをオルレアンに渡して一ヵ所に集める。

 ひたすら繰り返す。

 一山で十分と聞いてある。半日もあれば集まった。


「エルザ様、水を」

「ん、ありがとー」


 水筒から冷たい水を飲む。

 少し汗をかいていたので美味しかった。

 司祭服の袖をまくっているのだが、この服で動くと暑い。


「このくらいで大丈夫でしょうか?」

「いいんじゃないかな」


 あまり同じ場所に長居すると強い魔物を呼び寄せてしまうのもあり、昼には戻ることにした。

 アズちゃんたちもきっと問題ないだろう。

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