第137話 花の蕾を集めよう

 私とアレクシアさんは他の人と別れ、目的地へと向かう。

 目的は香料の材料になる花を集めることだ。

 残念ながら流通していないので、自分で採りに行かなければならない。


 最近はヨハネ様と一緒が多かったのでこうして離れるのは久しぶりだ。

 歩いていると最初の頃を思い出す。

 今から考えるととても情けない姿を晒していた気がする……。

 着替えまでヨハネ様にさせていたような。

 顔が真っ赤になり、思わず手で覆いそうになった。


「何をやってますの?」


 隣にいたアレクシアさんが私の不思議な行動を見て呆れている。


「なんでもないです……」

「あらそう」


 私の返事にそう言って髪をなびかせる。

 いつ見ても落ち着いている人だ。羨ましい。


「今回集めるお花なんですけど、特殊な薬で香りを取り出すみたいです。なので極力綺麗な状態で、更に採取した後は冷やしておく必要があります」


 伝えられた情報をそのまま伝える。


「ああ、だから私ですのね。戦力バランスが少し偏ってると思いますけど」

「です。あちらも危険は無いので、エルザさんがいれば大丈夫だと思います」

「でしょうね。あの司祭がピンチになる光景はとても思いつきませんわ」


 司祭服を身に纏い、メイスを振り回し、多少のダメージなどモノともしない。

 あの人の見た目と戦闘時のギャップはいまだに慣れない気がする。


「それで、場所はどこですの?」

「地図だと……ここですね」


 ヨハネ様の店でも売っている簡易的な地図を広げて指さす。

 燃える石を掘りに行った先の森林地帯に採取地点があると聞かされている。

 情報は時には金より価値がある。ヨハネ様の言葉だっただろうか。

 必要な情報はこうしてある程度調べておいてくれる。

 そのお陰で私は冒険に集中することができてありがたかった。


「森の中で一晩は過ごしたくありませんわね」

「ちょっと怖いですね。エルザさんもいないので結界も張れませんし。一応聖水はありますが」

「ならマシですわ。とにかく手早く終わらせましょう」


 二人で話しながら目的地に移動する。

 やや駆け足だ。

 最初はアレクシアさんは元貴族の奴隷ということで、びくびくしながら話しかけていたような気がする。

 エルザさんが間に入ってくれたから良かったものの、最初の頃なら二人ではきっと間が持たなかったに違いない。


 今は何度も一緒に行動し、背中を預けたこともあり苦手意識はない。

 少し言い方が厳しいこともあるが、そういう性格なのは分かっている。

 話題もなくなる頃、目的地である森林地帯に到着した。

 森の中を抜けると中央に木のない広場がある。


 これから集める花はどうやら都市の近くではここでしか採れないらしい。

 弱い魔物は実力差が分かるのか私たちを襲う気はないようだ。

 好戦的な魔物はその限りではないが……、襲い掛かってくる魔物だけ返り討ちにする。

 森を突っ切り、聞いていた通りの広場に二人で足を踏み入れる。

 木漏れ日が漏れた森の眺めはしばらく見ていたいほどだ。

 ヨハネ様にも見せたかったな。

 目的の花はすぐに見つかった。群生しているようで、必要な分は集まりそうだ。

 花の名前は月下香というらしい。実際に香りを嗅いでみると落ち着く甘い香りがした。


「えっと、この花の蕾が原料になるので花ごと摘んでください」

「それを冷やしておく必要がある、と。それじゃあこの壺の中に集めて頂戴。氷で周囲を覆って冷やしておきますわ」

「ありがとうございます。それじゃあ始めましょう」


 二手に分かれて黙々と花を摘む。

 ラミザさんからは全部は摘まないようにとも言われている。

 植物なんかの採取は少し残しておくのが大切らしい。

 採りきってしまうと次から採れなくなって困るから。

 もっともな話だ。


 花を摘みながら、時折近づく魔物を斬り倒す。

 アレクシアさんも似たようなものだ。

 得意の火魔法はこんな所では使えないので、魔物が来るたびに戦斧を振り回している。

 木に刺さると抜けなくなって大変そうだなと思っていたら、魔物を倒した勢いのまま見事に突き刺さってしまった。

 両手に花を抱えて壺に入れる。


「抜けそうですか?」

「ちょっと難しいですわ……こんのぉ!」


 二人で戦斧の柄を掴んで引っ張る。

 最初はビクともしなかったのだが、足を木につけて更に力を込めるとようやく抜けた。

 もしスカートだったら丸見えだ。

 やっぱりよく動くのでこのままズボンが良いな。

 ヨハネ様はスカートが好きみたいだけど。

 果実を実らせた木だったらしく、何個か地面に落下してきた。

 甘い実の果実なので、喉を潤す為にアレクシアさんと二人で拾って食べる。

 食べる仕草に気品を感じるので真似をしてみたのだが、やはり教養が必要なのだろうか。同じにはならない。


「思ったより早く終わりそうですね」

「まぁ、私たちにしてみればこんなのお使いみたいなものですわ」


 恐らくここで一番の問題である魔物が私達にとっては脅威ではない。

 それだけ成長したという証なので、それは喜ばしいことなのだろう。

 どこまで行けば一人前なのかは私にはわかりかねるけど。

 ヨハネ様の指示で動くだけだ。

 幸い、私たちは大事にされていると確信も持つことができた。


 夜が明ける前に必要な分を集めきって森を抜ける。

 夕暮れに邪魔をしに来た大きな蛇の魔物は協力して倒した。

 焼いて食べてみたら美味しい。

 照明の魔法で都市の外壁まで歩くことにした。

 懐かしい。外壁を背に一夜を過ごしたこともあったっけ。

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