第136話 材料集め

「それで、何の用なの?」


 ラミザさんがあくびを堪えながら聞いてくる。

 眠いのを我慢しているのだろう。


「うちの店に卸してもらってる香料だけど、大量発注したいんだ」

「えぇ……どれくらい?」


 指を二本立てる。


「んー二十個? それならちょっと前に発注増やすって聞いたし在庫が」

「二百個だ」

「はい?」

「二百個」

「うそぉ……」


 ラミザさんが目を点にする。


「そんなにどうするの? いくらなんでも多すぎ」

「帝国の貴族が気に入ったらしくてな、大量に納品する必要がある」

「貴族かぁ。まあ私が直接取引するわけじゃないからいいけど。いつまでに?」

「なるべく早く。移動を考えても十日以内には用意してほしい」

「む、むりぃ~~」


 そう言って机に突っ伏してしまった。

 年上のはずなんだけどな、この人。

 食うに困らないせいか、いまいち緊張感がない。


「いや、やってもらいますよ」

「はぁ……頑固なんだから。変わらないねぇ君。いいよ、お得意様だしやるよ。でも私一人じゃ絶対間に合わない」

「よしきた。で、何が無理そうなんですか?」

「全部だよ、全部。まず素材が足りてないし、調合の人手も足りてない。仕上げは私がやるとしても労働力が足りないよぉ」

「分かりました。協力するからなんとか数を揃えましょう」


 なるほど。

 こっちも無理を言ってやってもらうんだ。協力は惜しまない。

 とりあえず今ある素材で作れる分は調合してもらう。

 香料の種類は三種類もあれば十分だ。


「これ、必要な素材リストね。言っておくけど、奇麗な状態で持ってこないと品質に影響するから」


 ラミザさんから一枚の紙を渡される。

 素材が手に入る魔物や薬草なんかのリストだ。

 蝶の魔物の鱗粉、蜂の魔物の蜜、特定の場所にしか咲かない花に、流通しているハーブ。それに珍しい植物を絞って採取するオイルに、茶葉。


 そして決め手となるのは白銀桃と呼ばれる果実だ。

 エキスを絞り出して適量に薄めて使うらしいが、在庫が二百個分はない。

 果実一個あれば十分らしいのだが。


「レシピなんて普通は教えないんだからねぇ。まあ君に調合は無理だろうけど」

「そんな暇もないよ。それじゃあラミザさん、早速作り始めてくれ。なるべく早く集めるよ」

「はいはい。よろしくー。ちなみに急ぎだから割引はしないからね」

「勿論」


 普段なら大量に仕入れれば割引の交渉はするのだが、今回は残念ながら無理だ。

 仕方ない。

 アズにリストを見せる。


「問題はなさそうです。ただ数を集めるなら急がないと」

「そういえば、その子は? 妹なんていなかったよねぇ」

「うち専属の冒険者だよ」


 そう言ってアズの背中を押して店を出る。

 長話をする余裕はない。

 一度自分の店に戻り、素材のリストを確認する。


「買えるものは買って集める。魔物の素材に関しても流通してるなら買う」

「だとすると、問題はこの花とオイルの原料の植物ですわね」

「二手に分かれますかー?」

「そうだな。どちらも大籠一つ分あれば十分みたいだが……。俺は市場に張り付くから動けない」


 そう言ってアズを見る。

 冒険者組のリーダーはアズだ。的確に判断を下せる。


「どちらも危険な魔物はいないみたいですね。私とアレクシアさんが花を、エルザさんとオルレアンちゃんが植物を集めましょう」


 その言葉に皆が頷く。


「白銀桃に関しては、市場に出るかは運だな。最悪採りに行くしかない。他を集め終わってから判断する」

「分かりました。馬車の移動から一休みしましたし、早速行ってきましょう」


 そうして分かれて素材集めに奔走することになった。

 アズたちと別れて出発する。

 ようやく商人らしい仕事だなと思いながら市場へ走った。

 少し前は市場が開かれていた広場は閑散としていたものだが、今は十分すぎるほど盛況だ。


 まず魔物の素材を扱う店で蜂の魔物の蜜を買い、ラミザさんの店に届けてもらう。

 料理や菓子にも使うし、蜂の魔物は珍しいというほどでもないので入手は容易だ。

 ただ値段はそれなりにする。

 銀貨でニコニコ現金払いだ。すぐに届けてもらうことになった。


 次に蝶の魔物の鱗粉。

 この店では扱っていなかったので別の店へ。

 鱗粉は主に色付けに使われる為、大量には必要ないが流通もそれほど多くない。

 いくつかの店を回って必要な分を集めた。

 ここまでは大まかに予想通りだ。

 ラミザさんの店に袋ごと押し付けておく。悲鳴が聞こえた気がしたがきっと気のせいだろう。


 次に集めるハーブと茶葉は香料の大切な部分だ。

 元々店に納品してもらっている香料からして、そこそこの品質のものを使っている。

 市場に出回っているものは安物だ。

 市場の茶をよく飲んでいるしハーブは料理に使っているが、これらは安物なのだ。

 きちんとした店に赴く必要がある。

 どうせ金を使うならせめて知り合いの店に金を落としたい。

 人通りの多い一等地に建つ商店の中に入ると、奥からうちの従業員よりもキリッとした青年が出てくる。

 この店の次男坊だ。


「ヨハネさん、どうしました?」


 こっちに気付くと少し格好を崩す。

 顔がいいのでそれでも十分格好がつく男だ。


「これとこれが欲しいんだが、在庫はあるか?」

「うーんと……ちょっと待ってて」


 指さした品物を確認するとそう言って裏に引っ込んだ。

 この店はうちの店より二倍はでかい。

 しかも品物も売れている。しかも主な売り上げは実はこの店ではなく本業の両替商。全く羨ましい限りだ。


 次男坊はこの店を、長男は両替商を継ぐらしい。

 金融に関われれば儲かるんだが、今の財力ではとても足りない。

 地道にコツコツやるしかないか。

 次男坊が在庫を確認して戻ってきたので、そのまま商談に入った。

 残念ながら白銀桃は売り切れだった。

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