第134話 公爵夫人からの依頼を断れるわけがない

 村での依頼を終え、帰り支度を済ませて馬車で来た道に戻る。

 オルレアンは荷台に乗って両手に火の精霊石を抱えてそれを眺めていた。

 火の魔石を近づけるだけで魔力が補充されていく。

 便利なものだ。

 水の魔石などは残念ながら反応がなかった。


 石の近くにいるだけで熱を感じる。

 火という属性そのものがこの精霊石には込められているのだ。


「これは元は精霊なのか?」

「でしょうねー。どのような形で石に変わったのかは分かりませんが……」

「私たちが触れないのと、オルレアンだけが触れるのに関係があると思いますわ」

「あの、私も触れるようになったんですけど」

「アズの場合は水の精霊が補助してくれてるだけです」


 火の精霊石は変わらず赤く煌めいている。


「少なくとも水の精霊の様に無理やり、という訳ではなさそうですわ。もしそうなら人間が触る事は許されないでしょうね」


 アレクシアがそう言う。

 あのままアーグ男爵が水の精霊を迫害し続けていれば、精霊石化と共に恐ろしい天変地異でも起きたかもしれない。

 やつがそうなった後どうするつもりだったのかは分からない。

 そこまで考えていたのかどうか。


 ……水の精霊石を求めた貴族はアレクシアの家とアーグ男爵の寄り親だ。

 誰に送るつもりだったのだろう。

 寄り親については結局深く聞いていない。

 フィンにでもまた尋ねれば分かるだろうが、それもしていない。


 あまりにもことが大きすぎる。

 元老院入りを狙う野心ある貴族と関わる気はない。

 ただでさえ今は脱走した農奴を手元に置いているのだ。

 今は目立たないことが大事。


「到着したら一度カサッドに戻ろう。毛皮も処理したいしな」

「分かりました。オルレアンも連れて行くんですよね」

「ああ。それでもう一度行商にこっちに来る。その時に荘園に戻すつもりだ」


 そう言ってオルレアンを見る。

 静かに頷いた。

 元よりこのままずっと預かるのは不可能だ。

 両親と死別しているのであればそのまま引き取ることも考えた。

 だが、両親はまだ健在だ。


 荘園という場所は確かに思うこともあるが、親から引き剥がす理由にはならない。

 親が望んだとしても。流石にまた脱走はしないだろう。


「旦那様、これはどうなさるのでしょうか?」


 オルレアンは俺に火の精霊石を差し出す。

 アズはかろうじて触れられるが、オルレアンの様に反応することはない。

 だがオルレアンに持たせたまま荘園に帰すのは、確実にトラブルを引き起こすことになる。

 精霊石は大貴族への贈り物に選ばれるほどの貴重且つ高価な代物だ。


 あの家を見た限り、この精霊石を完全に隠すことは難しい。

 兵士はともかく、兵士を取りまとめていたあの神経質な男はもし一目見れば見逃さないだろう。


「持っていたいか?」

「……不思議とこの石を持つと安心します。ですが、旦那様にお任せします」

「そうか」


 その後は無言で馬車を走らせる。

 さて、どうしたものか。

 それからしばらくして都市アテイルに到着する。

 都市の中に入り、宿へ向かう。

 すると、宿の主人と誰かが話をしている。

 宿の主人は何度も相手に頭を下げていることから、相手は立場が相当上のようだ。


 馬車を近づけると宿の主人がこっちを指さし、その相手が向き直る。

 上等な生地で仕立てられた服を着ていた。

 恐らく貴族だ。


 馬車から降りると、尊大な態度でこっちへと近付いてきた。

 オルレアンをなるべく後ろにして見えないようにする。

 相手が近くまで来ると、思わずつばを飲み込んだ。


 もしかしてオルレアンを手元に置いていることがバレたのか?

 何とか上手く言い訳をせねば、と焦る気持ちを抑えて頭を回転させる。


「貴様が市場でこれを売っていた商人か?」

「これは……はい。私です」


 予想とは違う言葉に面食らいつつも、差し出されたものを見る。

 貴族の男が見せてきたのは石鹸と香料だ。

 新商品としてこっちに商売の為に持ってきた品だ。

 予想以上に売れ行きが良く、一度店に戻ったらもっと沢山持ってくるつもりだった。

 御婦人方から好意的な意見も聞けたので問題ないと思っていたのだが、なにかあったのだろうか。


「公爵夫人であるレクレーヌ様の元にこれが届いたのだ。それを大変お気に召しており、御友人である御婦人方にお配りしたいと仰っておられる。数はそれぞれ二百個。近く開かれる大きな茶会でお土産にとのことだ」


 淀みなく、そしてはっきりと聞きやすい声で要件を伝えてくる。

 内容は分かりやすいが、しかし有無を言わせぬ口調だ。

 断ることなど一切想定していない。


 そして、断れるわけもない。

 成立すれば莫大な利益になるし、公爵夫人の顔を立てなかった他国の商人の未来など考えたくもない。

 それに恐らく家令であるこの貴族は護衛も付けずに来たのだ。

 それなりの評価、扱いをしているということだろう。

 久しぶりに商人としての気持ちが高ぶってきた。


「期限は何時になりますでしょうか」

「十五日後までに公爵家に届けよ。これを持ってな」


 そう言って一枚の割符を渡される。

 これがなければ公爵家の敷地には入れない、ということか。

 大切に仕舞い込む。


「すぐに国に戻って用意してまいります」

「ルクレーヌ様は良い品であれば、お前のような流れの商人のものであってもお買い上げくださる。必ず間に合わせるように」

「分かりました」


 言葉を最後まで聞かず、家令の貴族は馬に乗っていなくなってしまった。

 だがそれを見届ける時間も惜しい。

 幸い宿は今日までだ。

 皆に急いで指示し、部屋の荷物を運びこませる。


 オルレアンにはラバに水を飲ませ、カサッドへ戻ってどうやって商品を調達するか考える。

 手紙を送っても急いで帰ればこっちの方が到着が早い。

 現地で直接動いた方が色々とことも速いだろうし。


「ヨハネ様、これで積み込むものは全部です」

「よし、急いで戻るぞ。時間との勝負だ」


 皆が頷く。

 でかい商機の前には他のことは全て後回しだ。

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