第133話 火の精霊石

 百足虫の魔物を倒したことで、周辺に静寂が訪れた。

 アズにとっては過去の強敵を倒して見事に乗り越えたといったところか。

 珍しく少し興奮しているようだ。

 頭を撫でてやると、嬉しそうに微笑んだ。


 しかしこれだけ巨大な魔物を倒すとは……。

 ある程度実力をつけてくれたら良いなと思っていたのが昔のことのようだ。

 アズたちと奥にある赤い何かに近づいてみる。

 どうやら石のようだ。


 赤い石が台座の上に鎮座している。

 それに触れようと手を伸ばしてみると、アレクシアの手が俺の腕を掴む。


「不用意ですわよ。迂闊に触れないで」

「すまん」

「これはなんでしょう?」

「精霊石、じゃないかなー」


 エルザが赤い石を眺めながら言う。


「多分そうですわね。火の精霊石だと思いますわ」

「これが精霊石……」


 赤い石は透き通っており、仄かに温かみを感じる。

 アレクシアがゆっくりと精霊石に手を伸ばす。

 ギリギリまで手を近づけ、手が触れようとした瞬間火の精霊石が反応し、アレクシアの手が弾かれた。


「熱っ……私でも触れませんか」

「私も無理みたいですねー」


 アレクシアとエルザは触れないようだ。

 この二人が無理ならもし触れば火傷していただろう。


 ならば、とアズが触れようとすると触れる直前で手が止まった。

 こちらを見て申し訳なさそうな顔をする。


「水の精霊が嫌がってるみたいです。火の精霊は心を開いてないからって」


 心……か。

 折角目の前にアイテムがあるというのに、それを持って帰れないとは。


「あの」


 オルレアンが服の袖を掴む。


「なんだ? どうした」

「私が触ってもよろしいですか?」

「なら試してみるか。危なそうなら止めておけよ」

「はい」


 オルレアンはそう言うと、そっと火の精霊石に近づく。

 すると火の精霊石は今までにない反応をした。

 輝きが増し、宝石のように煌めく。


「これは……」


 ついにオルレアンの手が触れると、同じ輝きがオルレアンの背中の紋章にも顕れる。

 まるで共鳴しているようだ。


「熱くないのか?」

「はい。少し暖かいです」


 そう言ってオルレアンは火の精霊石を持ち上げる。

 重さも感じていないようだ。

 試しに触れてみようともう一度指先を近づけて触る。

 すると、以前限界まで熱した鍋に触った時を思い出した。


 反射的に手を離す。

 幸い火傷はしてないが、触った瞬間凄まじい熱さを感じた。

 オルレアン以外は触ることも難しいようだ。


「とりあえず持っておけ」

「はい」


 何故オルレアンだけが触れるのか……。

 背中に刻まれている紋章が関係しているのだと思うが。

 ここにはもう何もない。その場を後にする。

 魔物の死骸は流石に触る気にはならなかった。


 大きすぎて運べないし、解体は皆嫌がった。

 命令すればやるだろうけど、流石にきついしやめておく。

 村にとっては役立つかもしれない。

 押し付けるといってはなんだが、依頼に従って向こうで処理してもらおう。

 扉は開いたままだった。


 他に魔物もおらず、枯れた迷宮を出る。

 恐らく、迷宮が枯れた後に火の精霊石を祭る場所になったのだろう。

 それからさらに年月が流れて忘れ去られたのか。


 なんにせよ疲れた。どうせ百足虫の死骸も任せるのだ。迷宮内で倒した魔物は村に任せよう。

 宿に戻る前にエドガーの家に向かう。

 狩人は地元の歴史に詳しいはず。なにか知っていればいいのだが。

 エドガーの家に到着すると、エドガーは早速狩りに復帰する為か外で弓の整備をしていた。

 器用に弓を曲げ、弦を張る。

 張り具合を調整し、適度な張力にする。


「ん、おお。戻ったか。無事なようだな」

「ええ。それで少し聞きたいことがあるんですが」

「どうした?」


 簡単に迷宮内であったことを説明する。

 ただし、細かい部分は伏せておく。

 エドガーは静かに話に耳を傾けていた。


「あの壁画は立派なもんだっただろう」

「ええ」

「あれはなぁ。昔この辺りに住んでいた人たちが描いたらしいんだ。火の精霊を信仰していたそうだが、そんな仕掛けがあるとは」

「その人たちはどうなったんですか?」

「……帝国が領土を広げる際に皆捕まったそうだ。それからどうなったのかは分からんな。空いた土地に俺の親世代が入植して今に至るってわけさ」

「なるほど」


 エドガーの話に頷く。

 荘園にいた人たちは、帝国が領土拡大を目指して侵略する前に此処にいた人たちの末裔か。

 それからずっとあの荘園に縛り付けられているのだろう。

 帝国の繁栄は、決して輝かしいだけのものではない。


「しかしあの壁画が開くなんてな。何か仕掛けがあったのか?」

「うちの魔導士が火の魔法を使ったら開いたので、関係あるかもしれませんね」

「なるほどなぁ。しかし大物を倒しても収穫なしとはついてないな」

「まぁ、誰しもありますよ」

「まあな」


 奥にも何もなかったと説明した。

 壁画の仕掛けもオルレアンのことは伏せる。


 どこから漏れるか分からないし、手にした火の精霊石は相当な価値だ。

 なんせ水の精霊石のために都市一つが滅亡しかけたこともある。

 あれは極端な例ではあるが、持っていること自体がバレると危ない代物なのは確実だ。


「まあ、その辺は任せときな。魔物がいないなら死体も荒らされないだろうし、若いやつ集めてやっとくからよ」

「ええ、助かります。うちは男手は少ないもので」

「ははは! 別嬪ばかりで羨ましい限りだよ」


 エドガーは迷宮内の運搬をしてくれる事になった。

 これでこの村の依頼も完了だ。

 毛皮も買い取れたし、精霊石を別としても収穫はそれなりにあったと言える。

 精霊石をどうするかはまた考えなければ。


 一応オルレアンが触った後はアズだけは触れるようになったのだが、触れるだけで特に反応はない。

 売り飛ばすのは……どうだろうな。あんまり良くない結果になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る