第132話 かつての恐怖

 隠し通路をしばらく歩く。

 魔物がいるわけでもなく、道中で何か手に入るでもない。

 隠し通路が現れた瞬間は少し動機が早くなったのだが、これでは肩透かしだ。


 このまま進んで何もなかったら笑い話だな、などと考えていると行き止まりに辿り着いた。

 奥に何かある。赤く輝く何かが小さな祭壇のようなものに置かれていた。

 この隠し通路はあの赤い何かを安置する場所だったのだろうか。


 アズに指示をしてもっと近づいてみる。

 すると、歩くたびに両脇にあるかがり火台に火がついていく。

 これは……いやな予感がする。


「アズ、一度止まって様子を――」


 喋り終わる前に、最後のかがり火台に火が付いた。

 暗かった空間が火によって照らされ、全体像が明らかになる。


 丸い部屋だ。巨大な穴が開いているのが見える。

 全体に何かが這いずった跡があった。


 音がする。何かが這いずるような音が近づいてくる。

 いや、違う。これは這いずるように歩く音だ。


 沢山の足で歩き、胴体が地面を這いずるとこんな音がするだろう。

 アズが険しい顔をして剣を抜いている。


「来ます」


 その声と同時に、穴から何かが這い出てきた。

 黒くて長い。これは巨大な百足虫だ。


「あれは……」


 アレクシアの少し強張った声が聞こえる。そう言えば虫が嫌いだったな。

 エドガーは虫の魔物もいると言っていたが、こんな巨大な魔物とは思わなかった。

 いや、あの仕掛けで奥に来たからだろう。

 安置されているあの赤い何かを守る番人のようなものか。


 既にこちらを認識しているようで、壁を縦横無尽に歩きながら距離を詰めてくる。

 足はかなり速そうだ。戦わずに逃げるのは難しいだろうか。


「ヨハネ様、あいつです。あいつと同じ魔物に貰った赤い宝石を使いました」

「むっ」


 アズは剣を構えながらそう言う。

 確かそんなこともあったな。


 確かボロボロになって帰って来たのを思い出す。

 危うく死にそうだったとき、抱き着いて泣いていた覚えがある。

 あの頃のアズは本当に弱々しくお使いのような依頼が精々だった。


 それでも燃える石なんかを掘らせればいいかと思っていたものだ。

 だが、百足虫を倒したことで一気に強くなって、武器も手に入れた。

 ある意味きっかけとなった魔物といえる。


「倒せそうか?」

「勿論です。私はあの頃と違います。それに、一人じゃありません」


 そう言ってアズがこちらに振り向く。

 その顔はもはや弱々しかった少女ではなく、しっかりとした強い意志を感じさせる顔だった。

 エルザとアレクシアも既に戦闘態勢に入っていた。


「二人は後ろに離れていてください。そっちには行かせませんから」

「分かった。頼むぞ」

「はい、任せてください」


 オルレアンを連れて巨大な百足虫から離れると、それが合図になったのか百足虫がこっちへと疾走してきた。

 節毎に生えた足が細かく動き、巨体の癖に随分と速い。

 アズは百足虫に向かって走る。百足虫は口を開き、アズへ牙を突き立てようとする。

 アズはそれを跳躍して回避し、百足虫の背に乗った。

 そのまま走りながら背や足を剣で斬りつける。


 アズの攻撃が効いているのか、じたばたして突進が左右に揺れ、勢いが弱まった。


「エルザさん、突進止めて!」

「はいはーい」


 エルザが返事をしてメイスを両手で握りしめた。

 祝福込みのエルザは見た目よりずっと力がある。

 あの銅像の化け物ですら止めたほどだ。


「よいしょー!」


 エルザは思いっきりメイスを右に振りかぶり、大きく円を描きながら百足虫の顔に叩きつけた。

 巨大な衝突音が迷宮内に響く。

 勢いが弱まったとはいえ、流石に突進との衝突でエルザは少し後ろに吹き飛ばされた。

 司祭服をなびかせて着地する。

 ダメージはなさそうだ。


 対して百足虫は、顔面の大きな牙が一本へし折れ、メイスが撃ち込まれた場所が見事に凹んで体液が出ている。


 あれは痛そうだ。

 実際に痛いのか、あるいは背中から斬りつけてくるアズが鬱陶しいのか。

 大きく仰け反り、頭に近い部分が地面から立ち上がる。

 百足虫が怒りに染まった顔をした気がした。


 アズがそれと同時に背中から降り、そこにアレクシアの火の壁の魔法が放出される。

 火の壁が百足虫を焼き、更に燃やす。

 立ち上がったことでアレクシアの良い的になったのだろう。

 追撃で火球の魔法を何度もぶち込んでいる。

 以前遭遇したという百足虫は火の宝石を使って倒したといっていた。

 恐らく火に弱いのだろう。


 壁に体を叩きつけて百足虫は体のあちこちに着いた火を消火した。

 背中は既に傷だらけで顔は潰れ、火によってあちこち焼かれた百足虫は最初に比べて随分と威厳を損なっている。


 かつてアズを絶体絶命に追い詰めた魔物と同じ種類らしいが、今のアズ達にとっては脅威足りえないのだろう。

 素晴らしい連携と実力だった。

 スパルティアへ旅に出た時よりも更に強くなっている。


 百足虫の耐久力は相当なものなのか、それだけのダメージを負いながらもまだ倒れる様子はない。

 観察するようにアズたちとこっちを眺めている。

 すると弱いやつから始末しようとでも考えたのか、アズたちを無視してこっちへと一直線に向かってきた。


 足もアズにいくつか斬られたのか、スピードも落ちている。

 慌ててオルレアンの手を握り逃げ出そうとする。

 するとオルレアンが足を取られ転びそうになった。


 このままだと追いつかれる。そう思った瞬間。

 アズが間に入り、封剣グルンガウスを構える。

 剣に魔力が満ちているのがここからでも見えた。


「これで終わり!」


 迫りくる百足虫を頭から斬る。

 勢いある斬撃が百足虫の頭をかち割り、地面に跡が残る。


「大丈夫ですか?」


 アズがこっちへ向くと、右目が薄っすらと虹色の色彩が見えた。

 例の力とやらを使ったのだろう。

 負担があるので余り多用はできないらしいが、アズには見たところ問題なさそうだ。


 百足虫は頭を失った後も少し動いていたが、じきにそれも止まる。

 どうやら倒せたようだ。


「よくやった」

「はい。ありがとうございます!」

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