第131話 オルレアンの紋章
二体いる牛の魔物は、アズを目がけて突進してくる。
目の前の敵を優先するようだ。
アズは両手で剣を握り、走った勢いを使って跳躍する。
牛の魔物を飛び越えながら同時に片方の首を狙って斬った。
分厚い筋肉に覆われた首にアズの剣が食い込み、深手を与える。
そのまま剣を振り抜くと、斬った箇所から血が噴出した。
アズに斬られた牛の魔物は突進をとめ、着地したアズの方へと振り返る。
もう一体は移動したアズを無視して、こっちに向かってきた。
こちらに向かってきた牛の魔物だが、既に火の魔法を詠唱していたアレクシアが狙いを定めていた。
アレクシアが放つ火球の魔法が魔物に衝突する。
火が牛の魔物の頭を包みこむが、牛の魔物は怯まず突進してきた。
エルザが全員に祝福を行って手が空いたのか、中衛の役割を果たす為に前に出る。
メイスを握り、司祭服をたなびかせて。
二度、三度と火球が当たる度に牛の魔物の勢いが弱まった。
それでも牙をエルザに当てる為に頭を下げ、突進してくる。
「そーれ」
メイスを上に掲げて、掛け声とともに振り下ろす。
鈍い音を響かせながら、牛の魔物の頭を砕いた。
相変わらず見た目にそぐわぬ膂力だ。
掛け声は可愛らしいぐらいなのに。
「あっちも終わりましたわね」
アレクシアの声を聞いてアズの方を見ると、牛の魔物が倒れ伏している。
アズが一人で倒しきったようだ。剣を振り、着いた血を取り除いて鞘に戻した。
そしてこちらに駆け足で戻ってくる。
顔に返り血が付いていたので拭ってやると嬉しそうな顔をした。
「これで全部ですね」
「そうみたいだな」
「それなら戻りませんこと? 長居したくはないですわ」
「数も十分だし、そうしましょうかー? ……あれ」
エルザが何かに気付いたようだ。
部屋の奥を指さす。
「アレクシアちゃん、あの壁を照らして」
「構いませんけど」
アレクシアがもう一つ照明の魔法を生み出し、壁を照らす。
牛の魔物に気を取られて気付かなかったが、壁にどうやら壁画が描かれているようだ。
壁一面を使って描かれている。
見上げて全面を見ると、どうやら大きな魔物が描かれているようだ。
これは……竜だろうか。
空を飛ぶ竜が火を周囲に吐き出している絵だ。
そういえば冒険者組合で火竜の討伐依頼が出ていたの思い出す。
もしかしてこの周辺では定期的に火竜が訪れているのかもしれない。
「いつ頃に描かれたものなんでしょうか」
「どうだろうな。誰かが描いたなら迷宮が枯れた後だとは思うが」
見事な壁画だが、それだけだ。
ここには何もないようだし、やはり戻るとしよう。
「あの、あれを……」
オルレアンが遠慮がちに指さす。
すると、指を刺した端の方にも壁画がある。
竜に祈る少女の絵だ。
背中をむき出しにしており、その背中には見覚えのある紋章が見える。
これはオルレアンの背中にあるのと同じものだ。
何か意味があるのだろうか?
「まるで生贄ですわね」
「ああ、俺もそう思う。竜を鎮める役割をしていたのかもしれないな」
そう言いながらオルレアンを見ると、苦しそうにして座り込んでいた。
「おい、大丈夫か?」
「背中が……この絵を見てから熱いんです」
オルレアンの背中をさすると、確かに熱を感じる。
「脱がすぞ」
返事を待たず、オルレアンの服を脱がして背中を露わにすると紋章が赤く輝いていた。
熱を発しているのはこの紋章で間違いなさそうだが、何故いきなり……。
「アレクシア、水をこのハンカチに」
背中を冷やす為にハンカチを濡らそうとアレクシアの方へ向くと、なにやら険しい顔をしている。
今度は何だ。
「おい、どうしたんだ」
「壁画の紋章が反応してますわ。周囲の魔力の流れが変化してる……」
アレクシアの話を聞きながら、仕方なく水筒の水でハンカチを濡らしてオルレアンの背中へ当てて冷ます。
だが、背中の熱が引く様子はない。
「熱い……」
「エルザ、こっちにきてオルレアンを癒してやってくれ」
「ええ」
エルザが癒しの奇跡をオルレアンに向かって唱えると、楽になったようだ。
顔色が少し良くなる。
「なんなんだ?」
アズは何が起きても良い様に、既に剣の柄に右手を添えて周囲を警戒している。
壁画の少女の背中にある紋章が光り終わると、オルレアンの背中の熱も引いていく。
「収まったのか?」
「……いいえ、これからですよ」
「エルザ?」
エルザに今の言葉の意味を聞こうとしたが、その前にこの部屋に入ってきた道が閉ざされた。
なんらかの仕掛けが動いたようだ。
枯れた迷宮ではなかったのか?
地響きのような音が鳴り、壁画のある壁が両側に引いていく。
どうやら条件を満たすと開くようになっていたようだ。
「行くしかないようだな」
「ですね。オルレアンは歩ける?」
「はい、アズ様。もう大丈夫です」
オルレアンはそう言って服を直しながら立ち上がった。
本人が大丈夫だと言っている以上、そう受け取るしかない。
奥に何があるのだろうか。道がこちらしかない以上、行く以外選択肢はないが。
アズを先頭にして進む。
大きな通路だ。まるで洞窟だな。
道中に魔物はいないようだ。
迷宮が枯れているのは奥も変わらないらしい。
足音がやけに響く。
「そういえばエルザ、さっきのはどういう意味だ?」
「私、何か言いましたか?」
「これからだ、って言ってたじゃないか」
そう言うと、エルザは少し考えるそぶりをした後に。
「どうでしたっけ」
そう言ってごまかされた。
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