第130話 枯れた迷宮へ
馬車に荷物を詰め込む。
この町では毛皮は価値がないらしいので、流石に盗む人もいないだろう。
一応馬車の中が見えないようにカーテンを引いて隠す。
貴重品も中にはないし、馬車は見通しのよい所に繋いであるのでこれで大丈夫。
ヨハネ様曰く、誰でも魔が差すことがあるからそもそも盗まれる状況は作るな、だそうだ。
言っていることは分かる。
困っている時は頭が働かず、普段は絶対やらないことをしてしまいそうになるのだ。
「アズ様、これで良いんですか?」
「うん。それじゃあ行こう」
オルレアンちゃんに返事をした後、皆に出発を告げる。
自分に様をつけて呼ばれるのは落ち着かないが、オルレアンに何度言っても止めようとしない。
その方が落ち着くのならば、と私も諦めた。
奴隷と農奴はどちらが上でどちらが下なのだろうか。一度聞いてみたい。
私の声に皆が頷く。
奴隷が主人に命令するなんて変な感じだが、これは信頼して任された仕事だ。
しっかりやり遂げよう。大丈夫。私は必要とされている。
やるべきは、町の周辺に居る魔物を間引きすることだ。
今回の依頼では魔物の種類は問われていない。
どうやらどの魔物の数を減らしても、生態系の関係で他の魔物も減ってしまうらしい。
昔一人で黒蛇の魔物を退治した時は、別の魔物が減ったせいで大繁殖していたものだけど……不思議だ。
あの時は結局血塗れになってしまい、泣いてヨハネ様を迎えに来させてしまった。
今思うと恥ずかしい。流石にもう泣いたりはしないのだけど。
魔物は放っておいても人間を襲いに来るが、なるべく早めに終わらせたいものだ。
それをすることで自分をかっこよく見せたいという気持ちが無いわけではない。
まずは町の周囲を歩いて目に付く魔物を狩る。
狼の魔物の群れを見つけたらアレクシアさんに魔法で処理してもらう。
火で倒すと魔物の死体が多少焼けるが、素材は私達のものにならないので問題ない。
多少魔物を倒したら町の倉庫に持っていく。
魔物の数は私たちと町の方でお互いが数えることになっていた。
角兎が後ろから来た時は私かエルザさんが対処する。
二匹同時に飛び掛かってきた時は少しオルレアンちゃんが危なかったが、器用に角を避けた。
ヨハネ様を最優先で守るため、オルレアンちゃんへの守りは少しだけ薄くなってしまう。
依頼をするだけあって、町の近くでは確かに魔物が多い。
牛の魔物に遭遇する前に既に二十体くらい狩り終わってしまった。
柵があるとはいえ、魔物が居るかもしれない場所で畑仕事なんかをするのは気が気でないだろうなと思う。
後十体ほどで依頼の一応完了だ。
最低三十体なので、別にもっと狩ってもよい。
「そういえばー」
エルザさんの声に足を止める。
いつもより少し声が低い気がする。
この人はたまに別人のような振る舞いをする時があるのだが……。
「狩人のエドガーさんが、枯れた迷宮があるって言ってましたよね。寄ってみませんか」
「魔物の巣になっているらしいな。確かにそこへ行けば依頼は終わりになりそうだが」
そう言ってヨハネ様が空を見上げる。
もうじき昼時だ。
予定よりもずっといいペースで進んでいる。
迷宮へ行って終わりなら、丁度いいかもしれない。
「どうする、アズ?」
「行くだけ行ってみましょう」
私は即答した。
狼の魔物は私たちが怖いのか途中から遭遇しなくなったし、手に負えなさそうなら引けばいい。
枯れた迷宮の場所はエドガーさんから聞いてる。
町から北西の方向。
今いる場所から丁度近い。
しかし魔物が湧かなくなったはずの枯れた迷宮なのに魔物が居るなんて……。
結局人の手が入らない場所は魔物が占領するのだろうか。
奴隷として売られる前に住んでいた寂れた村も、今思えば常に魔物に怯えていた気がする。
私を売って得たお金は、こんな感じで魔物退治に使われたのかなと思った。
「どうかした、アズちゃん?」
「いえ。なんでもないです」
頭から嫌なことは追い出す。
今の私はあの頃の私じゃない。
道中で牛の魔物とようやく遭遇した。
ヨハネ様目がけて猛進してきたが、アレクシアさんの魔法と私の剣で届く前に倒せた。
火の魔法にとても弱いみたいだ。
それに魔法の威力も上がっている。
アレクシアさん曰く、いつもと同じようにしているだけらしいのだが。
魔物の死体を置いていく。後で回収すればいい。
土が小さく盛り上がり、茂みに覆われた迷宮の入口に到着する。
……今まで経験した他の迷宮に比べて、確かに何かが違う。
「アレクシアさん、中はどうですか?」
「ちょっとまってくださいまし」
アレクシアさんが戦斧を迷宮の入口に向ける。
探知の魔法で中を探っているのだろう。
「言うほど魔物は居ませんわね。そんなに危険はありませんわ」
「分かりました。中に入ってみましょう。あ、そうだ」
オルレアンにマッピング用のアイテムを渡す。
「これは?」
「中で迷わない様に絵を描いていくの。ちょっとやってみて」
「分かりました」
オルレアンは素直に頷き、羊皮紙と鉛を固めた鉛筆を持つ。
手持ち無沙汰では辛いだろうし、丁度いいだろう。
アレクシアさんの探知魔法を使えば迷ったとしてもなんとかなる。
失敗してもいい。
早速中に入ると、意外と通路が広い。
アレクシアさんが明かりの魔法で照らすと、中は苔だの雑草だのが生えていた。
迷宮では見ない光景だ。本当に枯れてしまっているのだろう。
途中で遭遇する魔物を倒してよけておく。
魔物の死体はそのままだ。
たまに脇道があるが、どれも少し歩くと行き止まりになっていて、奥に小部屋があるだけ。
部屋の中には何もない。
奥にある大広間には牛の魔物が二体いて、育ちすぎた牙を研ぎ合っていた。
牛の魔物達が私たちに気付くと一斉に突撃してくる。
私は前衛としての役割を果たす為、前に出た。
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