第129話 熟練した狩人と魔物の毛皮
鍋一杯の水が沸騰したのを確認し、火の魔石を取り出す。
これで約束は果たした。
宿の人間に一声かけておいたので全員で部屋に戻る。
その後身支度を整えれば動き出すには十分な時間だ。
どうやら太陽もいい感じに眩しい。
アズたちはともかく、魔物相手にはオルレアンは防具を付けないと危険だ。
だがそれだとオルレアンが動けなくなってしまう。
耐えるよりは避けるようにさせた方がいいか。
きちんと言い含めておく。
「とりあえず、怪我をした狩人とやらに会いに行く。どんな魔物が出るか分からないからな」
「ええ」
「それなら、私が知ってますよー」
エルザが俺の前に出てふふっと笑う。任せてくださいとでも言いたげだ。
「こっちです」
そう言って歩き始める。
どこで知ったのやら。まあ知っているなら話は早い。
エルザは司祭服の端を揺らしながら両手を後ろで組んで歩く。
まるでピクニックに行くかのようだ。
宿から少し歩き、町の外れの方に辿り着く。
森に近いそこには一軒の家がぽつんと立っている。
そこまで大きくはないが、丸太で組まれた頑丈で立派な家だ。
「ここです。昨日依頼主だったおば様と少し話して聞いておきました。治療の必要もありそうですし」
「だな。助かる」
家の扉には鈴が取り付けてあった。これで呼べということだろう。
早速狩人を訪ねようと呼び鈴に手を伸ばすと、オルレアンが不思議そうに呼び鈴を見ていた。
そういえばあの荘園の家には呼び鈴が無かったな。
もしかして見たこともないのか?
「オルレアン、これを左右に振ってみろ」
「はい、旦那様」
オルレアンに呼び鈴の紐を握らせ、左右に振らせる。
すると紐の先にある球体が揺れて鈴と接触し、鈴の音が何度か響く。
「音が鳴りました。こういう仕掛けなんですね」
「そうだ。こうしておけば誰かが訪ねてきたとすぐ分かるだろ」
「なるほど、です」
少しだけ待っていると、入れと声がする。
遠慮なく扉を開けて家の中へ入った。
中の景色はいかにも狩人の家といった感じだ。
幾つかの弓や斧が壁に立てかけており、狩った獲物らしき毛皮が床に敷かれている。
保存食なのか、燻製肉が幾つも吊るされていた。
掃除は行き届いており、配置も雑な印象を感じない。
家主は几帳面なのだろう。
思わず家の中全体を見渡したくなるが、流石に家主の前で失礼だ。
アズとオルレアンは興味津々でもう遅いが、この二人は子供なので見逃してくれるはず。
家主の狩人はベッドに座ってこちらを眺めていた。
気難しい顔をしている。腕の立つ職人という連中は大抵こういう感じだ。
第一印象ではまず体格が良い。顔にも腕にも古傷がある。ずっと魔物と正面からやり合ってきたのだろう。
右腕に綿の包帯を巻いている。
片腕を怪我をしたなら確かに狩りどころではないだろう。
多分、利き腕だろうし。
「あんたらは?」
「俺たちは魔物の退治を頼まれたんだ。それでこの辺に詳しいあんたに話を聴けたらと思って」
「エドガーだ。俺はあんたなんて名前じゃない」
不機嫌そうな顔でそう言った。その言葉にうなずく。
「分かった、エドガーさん。ちなみに俺はヨハネだ。この辺の魔物について教えてくれないか」
「ああ。俺のヘマが原因だしな」
そう言うとエドガーは立ち上がる。
部屋の隅の箱を片手で器用に開けて、中身を取り出す。
箱の中身は魔物の毛皮だった。
見事な技術で剥がされた毛皮で、防腐処理も施されている様子だ。
このまますぐ剝製に出来そうなほど。
三種類の魔物の毛皮を並べ、エドガーは地面に座る。
「こっちにこい。毛皮がよく見えるように」
言われて近くに寄る。
「こいつとこいつは冒険者やってるなら知ってるだろ?」
エドガーが指を指す毛皮は覚えがある。
角兎の魔物と、狼の魔物だ。
知っている魔物と少し違う気がするが、これは多分住んでいる場所の違いだろう。
アズたちにとっては問題ない相手だ。
「こいつがちょっと大物だ」
最後の三つ目の毛皮。
これは牛の毛皮だ。
口に牙の生えていた跡がある。
毛皮の大きさから見て、魔物のサイズは普通の牛よりも大きいかもしれない。
「俺はこいつの牙にやられちまってな。勿論残った左手で仕留めたけどよ。他には虫の魔物がいくつかいるが、大した脅威じゃない」
「なるほど」
「こいつのやり口は突進と、そこからのかち上げだ。そこで浮かされたら落ちたところを牙でぐさっとやられる。数は少ないが一番危険だ」
その言葉に頷く。
「魔導士がいるなら楽なもんだが……」
そう言ってエドガーがこちらを見る。
「それは大丈夫。とりあえず言われた数を始末するつもりですよ。ところでその怪我ですが……」
「ん、ああ。これが治るにはしばらくかかりそうだ。少し深くてな」
「うちの司祭に癒させましょう」
「司祭様が? そりゃありがたいが……生憎と今お布施は」
怪我をして今エドガーは収入がない。
治療を受けたいのは山々だろうが、少し悩むのは分かる。
「ちなみにこの毛皮はどうされるので?」
「肉やら肝は使うが、毛皮はなぁ。綿が安く手に入るから余り気味なんでこうやって保存してるんだ」
「では、この毛皮を幾つか貰えませんか? 必要ならお金も払います」
「なんだ、毛皮が欲しいのか? ちょっと待ってろ」
そう言ってエドガーは積んである箱に向かう。
手伝い為にアズと一緒にそっちへと向かった。
エドガーは一箱ずつ渡してくる。
「それでどうだ? 治療してくれるんなら金はいい」
「ちょっと中を失礼」
箱の中身は角兎や狼の毛皮だ。
アズの箱には牛の魔物の毛皮も交じっている。
「十分です。むしろ多いのでやはりお金を」
「そうか? その辺は任せるよ」
取引は成立だ。エドガーの怪我が治ってこの町も安心だろう。
箱二つで金貨二枚を渡す。
エドガーは相当熟練した解体技術をもっている。
出来ればアズたちに御教授してほしいが、流石に無理だろう。
これだけの毛皮が死蔵されているとは。安価な綿が出回っている弊害か。
これを王国に戻って加工すれば中々の値段で売れる。
「では、治しますねー。神の息吹を……」
エルザが癒しの奇跡をエドガーに向けて使うと、すぐに治療が済んだ。
「いい腕だ。ありがとうよ、司祭様とヨハネさん」
「ええ。それじゃあ私たちは魔物を狩っておいとましますよ」
「分かった。そうだ、近くに枯れた迷宮がある。魔物の住処になってるから注意しとけ」
箱とお土産に干し肉を貰い、エドガーの家を出る。
いい商談だった。これで帰りたい気分だが、依頼はまだ残っている。
「それじゃあ、これを置いてから町の周囲をまずぐるっと回るか」
「分かりました。頑張りますね」
ここからは本職のアズたちに任せるとしよう。
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