第128話 仕事を始める前の朝

 寝心地の悪さで目を覚ます。

 まだ室内は薄暗い。少し早起きしてしまったな。

 田舎の朝は早いというが、日が昇る前に既に町の人々は動いているようだ。


 外では僅かな物音がする。

 他の面々はまだ眠っているようだ。

 オルレアンの姿が見えないと思ったら、エルザの隣で眠っている。


 今は親とはぐれた状態だ。寂しいのかもしれない。

 一生を預かったわけではないのだ。

 少し経験を積ませたら両親の元に戻した方がやはりオルレアンのためだろう。


 誰にも言ってないが、帝国の大貴族が持つ荘園の中を見れただけでも収穫だ。

 多くは麦が占めていたが、一部に綿花が見えた。

 帝国には名産品として綿があったが、荘園で栽培していたんだな。


 水不足から解放され、肥沃な大地があり水が豊富な都市アクエリアス。巨大な荘園を持つ都市アテイル。


 帝国との取引では普通の食べ物はあまり良くない、儲からないと聞いたことを思い出す。だからこちらには無さそうなリンゴを選んだのだが。

 今回のことで納得した。

 恐らくあのような荘園は帝国内に沢山あって、農作物を作っているのだろう。

 その作業をしている人たちのことまでは考えてなかったが……。


「おはようございます」


 アズが寝ぼけ眼で挨拶してきた。

 どうやら起きたようだ。

 太陽もようやく昇ってきたのか、部屋も明るくなってきた。

 アズは大きなあくびをして思わず手で隠す。


「眠いならまだもう少し寝ててもいいぞ」

「いえ、大丈夫ですから」

「そうか? ならちょっと手伝え」

「はい」


 荷物を持ってアズを連れて部屋を出る。

 こういう食堂もないような宿は宿泊者用に竈を開放していることが多い。

 金を出して頼めば作ってくれるだろうが、基本的には自分で作ってくれという感じなのだろう。


 この町に来る時に詰め込んだ食糧を荷物から取り出す。

 出してきたのは乾燥させた麺だ。

 それと長期保存するために塩の効いた燻製肉。


 アズには水を汲みに行かせる。

 大鍋を竈に乗せて、持ち歩いている火の魔石を敷く。

 火をつけようとしたが、魔力が切れている。

 しまったな。

 アレクシアがいつもいるから、魔石を使う機会が無くて補充してもらうのを忘れていた。


「持ってきましたー」


 アズが入れ物になみなみの水を汲んできた。

 大の男でも大変な重量だが、アズにはそれほどではないようだ。

 アズを待っている間に香草と油、それと幾つかの調味料を混ぜておいた。


「水を鍋に入れてくれ。それと、これ」

「えっと?」


 アズは鍋に水を入れながらこちらを向く。


「アズも魔力が育ってきたんだろ? これ使えないか」

「火の魔石ですか。どうでしょう、やってみます」


 アズに預けてみた。

 受け取った魔石をアズが両手で包む。

 すると、火の魔石であることを示す刻印が薄っすらと光った。

 魔力が注がれている証拠だ。


「おお、いけるんじゃないか?」

「ちょっとずつなら多分いけそうです。でも時間かかりますよ?」

「うーん、そうみたいだな。火打石でも使うか、火種を借りるか……」


 アズの申し訳なさそうな顔を見て諦める。

 良いアイデアだと思ったんだがな。

 アズが俺に火の魔石を返そうと差し出した時、刻印が濃く光る。


「熱っ」


 アズが思わず叫んだ。

 衝撃で零れた魔石をキャッチすると、熱くなっていた。

 過剰に魔力を補充されたときに起きる現象だ。


「ごめんなさい」

「大丈夫だ」


 火傷をするほどではないが、突然これほど熱を持てば確かにびっくりする。

 だが、先ほどまで魔力が空になっていた魔石がなぜいきなり……。


「旦那様、アズ様、おはようございます」


 後ろでオルレアンが挨拶をしてきた。

 魔石の熱が収まる。なんだったんだろうか。


「ああ、おはよう」

「おはよう」


 アズが振り向く。

 オルレアンはこっちに向かって頭を下げる。


「何かお手伝いすることはありますか」

「じゃあ、アズと鍋を見ていてくれ。沸騰したら麵を入れて、煮えたらこの中に取り出してな。野菜を貰ってくる」

「はい」


 魔力の戻った火の魔石を稼働させて鍋を温める。

 アズとオルレアンが鍋をじっと見つめる。


 その間に宿の人間から幾らか葉野菜を分けてもらう。

 食事のために火を熾していることを伝えて金を払おうとすると断られる。代わりに竈の横に置いてある鍋に水を張って沸かしてくれと頼まれた。


 火種や薪代を考えれば確かにそっちの方が得か。

 礼を言って戻ると、二人とも姿勢も変わらずにじっと鍋を見つめていた。


「煮えたのでしょうか?」

「多分もういいかな」


 少し見守っていると、言い付け通りに鍋から煮えた麵を取り出す。

 アズは手伝いをすることもあるので少し慣れているが、オルレアンはそうでもない。

 アズが指示して、上手く取り出せたようだ。


「これで完成ですか?」

「まだだよ、味付けしないと」

「よし、次はこれだ。肉と適当に切ってくれ」


 貰って来た野菜をオルレアンに渡す。

 アズはそれらを一つ一つ受け取りながら食べやすい大きさにカットしていく。

 最後に燻製肉をカットして麺と混ぜ合わせる。


 取り出した麺に作っておいた調味料を加えると、簡易的な麺料理の完成だ。

 五人分作ったから結構な量だな。


 それにアズとアレクシアは割と食べるので多めに作ってある。

 後片付けをしながらオルレアンに二人を呼びに行かせる。


「オルレアン。寝ている二人を起こしてくれ」

「分かりました」

「アズは悪いがもう一度水を頼む」

「はい。すぐ行ってきます」


 宿の人間に頼まれていた事もやっておかねば。

 言われた場所にある鍋を竈に置いて、火の魔石をセットした。

 起きてきた二人と共に全員で朝食を食べながら今日やる事を確認する。


 丸一日周辺の魔物狩りだ。

 一匹毎に帝国の銀貨で10枚。

 出来れば三十体は狩って欲しいらしい。

 輸送依頼と併せても王国金貨一枚分だな。


 周辺の魔物は雑食の小物ばかりらしい。

 ちょくちょく捕まえて食べている角兎の魔物もいるようだ。


 今回は肉は残念だがお預けだ。

 素材はともかく魔物から出る魔石は貰うことになっているので、それも併せればまあ、それなりだな。


 エルザが食後に祈りを捧げ、朝食を終える。

 そういえばこの辺りでは太陽神教を見掛けない。

 帝国内では精霊の存在が近いからかもしれないな。

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