第126話 アテイルの冒険者組合

 城門を抜け、都市アテイルに戻り眠いのを我慢しながら宿へ向かう。

 浴場に寄りたいところだ。

 風呂の文化は帝国から王国に伝わったらしく、大きめの都市なら探せば浴場がある。

 都市アクエリアスでは水不足で入れなかったな……。


 オルレアンには農奴の印があるため、そのまま入るのは危険すぎる。

 宿で風呂を借りた方が安全だろう。


 宿に到着し、料金を払って風呂を用意してもらう。俺がまず入り、その後アズ達が入る。

 汚れを落とし、そのまま部屋で爆睡した。


 丸一日寝ただろうか。


 起きたのは俺が最後のようで、部屋の中で皆くつろいでいた。

 エルザが麦粥を用意していたので、受け取って食べる。


 ヤギの乳で煮てあるのか、癖はあるが美味い。

 食事を済ませ、一息ついた。


 全員を集める。


「これからについてだが、まず冒険者組合に行って依頼やら迷宮を確認する。良さそうなのがあれば引き受ける」

「全員で、ですか?」

「そうだ。俺とオルレアンは戦闘では役に立たないがな」


 この辺りは悩みどころだ。

 アズ達三人であれば高難易度の迷宮にもそろそろ手が出せる。

 まあ、ここはホームではないのでわざわざ高難易度の迷宮に行く必要もないか。


 帝国ではどういう迷宮があるのか、依頼の傾向はどうなのかを知る良い機会だ。


 全員で冒険者組合へ向かう。

 賑わっている都市だけあって冒険者組合の建物も大きく、人も多い。


 建物の中に入ると、中はにぎやかというのが相応しい状態だった。


 人の声がひっきりなしに聞こえる。


 流石に歩けないというほどではなかったので、まずは依頼の確認からだ。


 今出されている依頼を確認する。

 その多くは王国でもよく見る様な依頼だ。


 薬草が欲しいだの、町の近くの魔物を倒してほしいだの。

 商隊の護衛なんかもある。


 ふと、上に貼られてある依頼が気になった。


 これだけ明らかに目立つように張り付けられている。

 その内容は、火竜の撃退だ。


 少し離れた山に火竜が住み着いたらしく、それを嫌った公爵である領主が直々に依頼人となっている。

 だが、他の冒険者達はそれを見向きもしない。


 それはそうだ。

 竜というだけでも危険なのに火竜というのが尚恐ろしいだ。

 俺達も流石に竜と戦う気はしない。


 いずれは、とは思うが。

 依頼書を読む限りこの都市には今のところ実害はないので、倒せる自信がないのなら関わらない方が良い。


「オルレアンは文字は読めるのか?」

「いえ……自分の名前は書けるのですが」

「ふむ」


 農奴として農業に従事させるのに文字は要らない、か。


「アズ、オルレアンが居る間は教えてやれ。良い復習になるだろう」

「分かりました」


 アズが頷く。

 依頼の中に農奴の捜索がないかも確認したかったのだが、一通り見た感じ見当たらない。

 オルレアンの両親が言っていた通り、表ざたにはなっていない。


 公爵から見れば普通の人間ですら石ころのようなものだ。

 農奴の子供など認識すらしていないだろう。

 それでも公爵の財産なのは間違いない。

 どうなっても俺達と公爵が会うことはないし、この様子なら露呈のリスクはほぼ無い。


 ある程度外の世界を見せた後は、あの荘園に戻す。

 行商のついでとしてはそれが限界だ。


 流石に俺にあの荘園をどうこうするのは無理だ。する必要もない。

 それにあそこはあそこで一応上手くいっている。


 アテイルの近くにある迷宮はそこそこだ。

 この程度なら俺とオルレアンが混じっても問題ないだろう。


 依頼は多いが、特別目ぼしいものは既にない。

 難易度の低い依頼を見繕い、アズに受けさせる。


 受けた依頼は荷物の輸送と、輸送先の魔物の退治だ。

 馬車もあるし丁度いい。


 多少の食料を買い込み、馬車に積む。

 オルレアンにも手伝わせる。


 店で物を買うときはどうするのか。

 金のやり取りはどうするのか。


 直接やらせた。

 店側の人間は娘の情操教育の一環だと思ったのだろう。


 微笑ましい顔で相手をしてくれた。

 流石にこの年の娘が居るほど年は食ってないのだが……。


 買った食料の積み込みもやらせる。


 オルレアンは荘園でずっと作業をしていたからか、随分と素直に言う事を聞く。

 指示する側としてはありがたいが、恐らく普通に働くと損をするだろう。


 こいつの両親が荘園に居続けることを危惧するのも分かる。

 文字も習わず、計算も出来ないのでは騙される。

 だが、外に出てどうするつもりだったんだろうな。


 僅かな蓄えを手に荘園を出ようとして捕まった。

 荘園の維持の為に罰を与えられるわけでもなく、恐らく今も土地の世話をしているのだろう。


 何が幸せなのか分からなくなるので、考えるのを中断する。

 オルレアンは相当地頭が良いのか、一度言ったことはほぼ覚えているし理解力も良い。


 生まれが良ければ学者にでもなっていたかもしれない。

 計算も簡単な足し算引き算はすぐ出来るようになった。


 アズがオルレアンの成長に少し危機感を覚えているのは傍から見ていて面白かったが、良い刺激になるだろう。


 アズに期待しているのは頭の良さではないし。


 依頼の為に馬車を移動させる。

 荘園とは別方向だ。


 オルレアンは外を眺めている。

 ……あまり笑わない。出会った時から表情の変化が乏しいのだが、それでも外を眺める姿は何かを思っている様子だった。

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