第125話 初めての感触

 暗い中、こっそりと荘園から離れる。

 見回りの兵士が目を覚ましたのかランタンを掲げて見回りをしていた時は肝を冷やしたが、麦の中に身を潜めると無事にやり過ごすことが出来た。


 向こうもまさか麦の中に誰か居るとは思っていないだろう。

 脱走騒ぎがあった後なので念入りに調べる可能性もあったが、それほど熱心ではない兵士で助かった。


 灯りは足元にうっすらとアレクシアに照らしてもらうだけにして、手を繋ぐことではぐれないようにする。


 十分に距離をとり、ようやく十分に安全な場所に辿り着くとホッと一息ついた。

 流石に少し無茶をしているなと感じた。


 こんな夜中だ。都市アテイルの城門は当然閉じているので、適当な場所で夜を明かす。

 魔物や獣を避ける為に火を焚き、ついでに体を温める。

 今はそれほど寒い季節ではないが、どうにも夜は少し冷えた。


 パチパチと焚き火の中の木が爆ぜる音を聞きながら過ごす。


「天幕を持ってくればよかったな」

「そうですわね」

「ま、このまま日が昇るのを待つか」


 焚き火の中に水を入れた鍋を突っ込み、湯を沸かす。

 沸いたら火から放し、そこに持ってきた紅茶とドライフルーツをいれると、ほんのりと香りが漂ってきた。


 柑橘系の果実が幾つか混じっているので、爽やかな匂いだ。


 それをコップに入れて全員分の飲み物を作る。

 最後にオルレアンに渡す。


「ありがとうございます、旦那様」

「ああ。妙な事になったが、しばらくはよろしくな。ただし、預かる間は徒弟のように扱う。今までのお客さんの扱いじゃない」

「はい」

「まあ分からない事なんかは年の近いアズにでも聞けばいいさ。難しい事はやらないからな」


 そう言ってアズに目線を送ると、アズは頷く。

 アズの方が年上だ。今まで一番の年少だったので、面倒を見る相手が出来て内心嬉しいのかもしれない。


 アズがコップに口をつけ、中身を飲む。


「甘くておいしいです」

「そうか。紅茶も入れてあるから体も温まる筈だ」


 ドライフルーツはともかく、紅茶は少し苦くなってしまい商品にはならなかった物を消費している。

 本来はここまで気軽には消費できないのだが、偶にはいいだろう。

 ドライフルーツを入れたので苦みも感じない。


 飲み切った後はアレクシアが水の魔法でコップを纏めて洗って乾燥させて仕舞う。


「便利ねー」

「それはそうですけど、便利すぎて魔法に頼りがちになるのは思うところがありますわ」

「頼りにしてます」


 天幕もないので、話しながら起きている。

 流石にオルレアンは意識を保てなかったので、隣に居たアズが眠るオルレアンに肩を貸していた。


 しばらくしてようやく日が昇る。

 アズも少し眠そうだが、オルレアンを起こして一緒に顔を洗う。


 焚き火の始末をしていると、小型の狼の魔物が周囲をうろつき始めた。

 どうやらこちらを襲うつもりらしい。


 オルレアンに自衛用のナイフを持たせる。


「アズ達の様に戦えとは言わん。だが、自分の身は自分で守れ。いいな」

「分かりました」


 オルレアンが頷く。

 尤も、俺も戦えるわけではないのだが。


 狼の魔物は六頭ほどの群れで襲い掛かってきたが、今やそれなりの中堅冒険者の実力があるうちのパーティーの相手では無かった。


 動物なら襲ってこないのだが、魔物だと勝てない相手でも襲ってくるのが厄介だ。


 アズが剣を振り、アレクシアが斧をぶん回す。

 エルザが祝福を唱えながらメイスで狼の魔物を砕く。


 最後の一頭になった。

 アズの剣を避けきれず、ダメージがある。後は止めを刺すだけだ。


 アズがトドメを刺そうとするのをとめた。


「オルレアン、お前が止めを刺せ」

「私が、ですか?」

「そうだ。やれ」

「……はい」


 オルレアンが頷きナイフを狼の魔物に向ける。


 荘園の中では魔物と対峙する機会などなかったのだろう。

 体が震えている。


 最初のアズもこんな感じだったのかなとふと思った。


 だが、アズはそれを乗り越えたしオルレアンもうちで預かる以上はこの程度は事は乗り越えて貰う。


 アズが少し離れ、オルレアンが狼の魔物に向かってナイフを振り下ろす。

 ナイフは狼の魔物に当たり、トドメを刺した。


 血がオルレアンの頬に飛び散る。


 冒険者辞典によるとこの狼の魔物から採れる素材はない。

 小さな魔石だけ回収した。小銭にはなる。

 解体する必要は無さそうだ。食えないらしいし。


 荘園からも離れている。放置しておけば良いだろう。


「怖いか?」

「いえ。ただ、初めての感覚がして」

「すぐに慣れるから大丈夫」


 そう言いながらアズがオルレアンの頬についた血を拭って、そう励ました。

 実体験の言葉だから俺が言うよりも効果があるだろう。


 荘園は決して未来は無い場所だったかもしれないが、同時にあらゆる危険から守られた箱庭だ。


 平和に作物を育てる。ただそれだけの場所。


 そこから出れば、悪意と危険が顔を出す。

 オルレアンは覚えていないようだが、既にそれに晒されている。


 自らの力で身を守れなければ生きていけないのだ。

 俺は金を。アズ達は力を頼りにしている。


 オルレアンには今なにもない。

 多分、オルレアンの両親も荘園から外には出たことが無かったのだろう。


 まあ、手伝わせている間にそれを理解するだけでも勉強になる。


「さあ、城門も開く頃だ。行くぞ」


 ナイフの血をオルレアンに落とさせ、再び都市へ向かう。

 宿に着いたら一度しっかり寝なければ……。

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