第124話 オルレアンの両親

 扉をノックすると、ゆっくりと扉が開いた。


「どなたでしょうか?」


 恐る恐るといった感じで尋ねられたので、オルレアンを前に出す。


「この子を保護したので連れてきた。中にとりあえず入れてくれ」

「オルレアン! 良かった、無事だったのね。あ、すみません、どうぞこちらへ」


 家の中に通される。

 外から見た時点で分かっていたが、少し狭い家だ。

 男女二人で生活するには少し息苦しいかもしれない。


 オルレアンがいたなら尚更だ。


 全員で入る訳にはいかないのでアズ達は待たせ、俺とオルレアンだけが家の中に入った。


 中には先ほど対応した女性と、父親らしき男性が居た。


「ところで貴方は?」

「商人だ。名前はヨハネという」

「ヨハネさんですね。娘を保護してくださったという。ありがとうございます。私はリネ、旦那はガーラと言います」


 そう言って二人は俺に頭を下げた。

 俺はその礼を受け取り、麻の敷物が敷いてある床に座る。


「本当は親子で移動する筈だったのですが、結局娘だけになってしまいどうなっていたのか気になっていたんです」


 ……さて、どう言ったものか。

 娘が一人になった時点で碌な目に合わないのは想像できただろうが、起きたことをそのまま言うと少しショックが大きいだろうな。


「そういえば、お体は大丈夫ですか? 脱走を試みて失敗したなら何か罰を受けたのでは?」

「それについては、古参の見張りの兵士が揉み消しました。公爵様の耳に入れば自分達も困るとのことで。次は流石にそうはいかないでしょうけれど」

「なるほど」


 確かに見た限り二人とも健康そうだ。

 もし鞭打ちなどされていれば寝込んでいてもおかしくない。


 尤も、オルレアンは死ぬ寸前だった。

 やはりある程度はっきり言うべきだろう。


「おたくの娘さん、オルレアンですが……残念ながら野盗に捕まっていました。野盗を退治してアジトに乗り込んだ際にオルレアンを保護したんです」

「そんな……」

「そうか、小さな女の子一人で居ればそうなるか」


 母親のリネは絶句し、ガーラは言われてようやくその可能性に気付いたようだ。

 正直なところ野盗に襲われなくても碌な未来は無かっただろう。


 飢え死にか人攫いに連れて行かれるか。

 俺が居なければ野盗のアジトで死んでいただろうし。


 娘一人を逃がした時点で失敗だったと言わざる負えない。

 それなら三人で捕まっておくべきだ。


 それを意気消沈した二人に言うのは簡単だが、さて困ったな。

 リネがオルレアンを抱きしめている。


 一先ずは良かったというべきか。


「娘を助けて頂きありがとうございます、ヨハネさん」

「ああ、構わないさ。それじゃあ俺はこれで……」


 首を突っ込みすぎるのもどうかと思い、立ち去るために立ち上がる。


「ヨハネさん」


 家から出る為に振り向こうとするとガーラから声を掛けられたので立ち止まる。


「もし良ければ娘を連れて行ってくれませんか?」

「なに?」

「この荘園では現場の兵士以外は正確な人数を把握していませんので、問題ありません」

「いや、そうじゃなくて」

「……ここには農業しかないのです。読み書きが出来るのは長のみで、習う時間もない。恥ずかしながら、娘だけは農奴から抜け出せたなどと今の今まで考えておりました。そんな事も分からないくらい、我々には学がないのです」


 ガーラはそう言いながらオルレアンの頭を撫でる。


「娘は私達と違って聡明だと思います。このまま一生を農業で終えさせたくないのです」

「父さん、私はここが」

「いいから、お前も聞きなさい」


 言わんとすることは分かる。

 しかし本人の意思もある事だし……。


「せめて、少しでも外の世界を見せて欲しいのです。ヨハネさんは商人と聞きました。商人は色んな所に足を運ばれるのでしょう?」

「まあ、それはそうだが」


 子供は両親の元にいるのが一番だと思う。

 例えそれが未来の無い場所だとしても、子供がそう望むならば。

 予想したよりもここは平和のようではあるし。


 だが、こう頼まれてはな。


「まあ多少勉強の為に連れ歩く程度なら」

「分かりました。それでも結構です。お願いします」


 そう言ってリネとガーラが頭を俺に下げる。

 妙な事になってしまったな。


 予想よりは随分マシだが……。

 思えば農奴は俺にとってのアズ達だ。問題なければ傷を付ければ付けるほど価値が下がる。五体満足で使うのが一番いい。


 見逃した古参の兵士とやらも、荘園さえきちんと機能していれば持ち主である貴族に良い報告が出来る。


 特にここの警備の代表は神経質な男のようだったし、問題はないに越したことはないのだろう。


「しばらく滞在してオルレアンを預かります。流石に引き取る事は出来ませんが」


 そこだけは念押ししておく。

 最悪オルレアンが孤児になっていれば引き取る事も考えていたのは秘密だ。


 オルレアンはひとしきり両親に抱きしめられ、俺に付いて来た。


「ヨハネさま、宜しくお願いします」

「ああ、まあ宜しくな」


 そう答えてオルレアンを連れて家の外に出た。

 外のアズ達に事情を説明する。


「確かに、持ち主の貴族は気にしないでょうねー。反乱なんかが起きたならまだしも」

「そんな事になったらどれだけの首が飛ぶか分かりませんわ。この様子だと脱走が失敗してある意味良かったかもしませんわね」

「何が幸せなのかは、難しいですね」

「そうだな。まあ生きているのがまずは一番だ」


 アズは頷く。

 売るものももうないし、暫くは冒険者としてオルレアンを連れまわすか。


 荘園から出る。

 どうやら交代してきた見張りの兵士が居たが、既に夢の中だったので俺達が来たのは誰にも分からないだろう。


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