第123話 荘園の中
都市から離れ、荘園に向かう。
オルレアンを含めれば五人。それなりの人数だ。
目立たないようと思っても難しいだろう。
オルレアンには悪いが、リスクが高すぎれば行商で終わる可能性もある事はひとこと言ってある。
「ここまで連れてきて頂けただけで感謝します」
そう言ってオルレアンが頭を下げる。
最初はたどたどしい喋り方だったのだが、アズ達と話すうちに流暢な喋り方になっていった。
恐らく頭が相当良いのだろう。
手伝いも一度見せてからやらせるとすぐに習得してしまう。
もしどこにも行く場がないならうちで働いてもらいたいものだな。
道中では放牧される羊達を見掛ける。
羊は肉の補給源なのだろうが、放牧が出来るほど治安が良いようだ。
都市の周囲には強い魔物は近寄らないが、弱い魔物はそれなりに多い。
その弱い魔物に放牧した羊が襲われたり、魔物に怯えて逃げてしまったりする。
羊の魔物をアズに狩らせたのは随分前だったな。
今でこそうちの都市カサッドも周辺の治安が改善して放牧もされるようになったが、治安に力を入れてなければ難しいのだ。
何度も都市を出入りすると安いとはいえ税金がとられてしまうが、こればっかりは仕方ない。
しばらく歩くと大きな川が流れていて、その川から横へ水をひいてある。
農地へ水を供給する為だろう。
そちらへと更に歩いていくと、穀倉地帯が見えてくる。
麦が植えられており、麦の赤身のある黄色が一面に広がっていて壮大な景色だ。
見える範囲全てが麦だ。
少しだけその光景に圧倒される。
オルレアンの方に振り向いて確認しておく。
「ここがそうか?」
「間違いありません。生まれ育った場所です」
ここで間違いないようだ。
これだけの荘園とは思わなかった。
大都市と言っても差し支えないアテイルの食料を賄って更に余りあるだろう。
食料が安定していれば他はある程度どうにでもなる。
この荘園が都市アテイルの安定を担っているのは間違いないだろう。
遠くから離れて眺めていると、麦の世話をしている人がいるようだ。
あの人たちが農奴なのだろう。
遠くから巡回するらしきものが見えたのでこちらの姿を隠す。
「荘園差配人様です」
「管理人みたいなものですわ」
オルレアンの言葉にアレクシアが付け加えた。
この荘園を領主に任されている人物だろう。
神経質そうな男だ。
作業をしている農奴達に急かす様に何かしゃべってから立ち去っていった。
「朝から夜までずっと農地の管理をするのが仕事です。私のような子供も同じで、私の母や父はそれが受け入れられないようでした。未来が無いと」
農奴は農業をしていればいい、という考え方だろう。
だがそうすると勉学が出来ない。機会すらない。
勉強が出来ないと知識が増えず、知識が無いと出来ることが増えない。
それが何代も続くとなれば、ずっと農奴のままだ。
自分達は元より、自分たちの子供、更にその子孫まで農奴になるのか、と考えた結果脱走を考えたのだろうなと推測する。
俺がこうして商人として過ごせているのは計算が出来るからだ。
計算以外にも商品の知識を子供の頃から叩き込まれた結果、今の俺がいる。
そう考えると、この荘園にどれだけ価値があっても素直に受け入れるのは難しい。
だが、ただの商人がどうこう出来るものでもないのも分かる。
予想よりも警備などは緩い。
偶に巡回するだけで、夕方になる頃には最低限の見張り以外は引き上げていった。
「あんまりピリピリしてませんね?」
「もっと殺気立ってもよさそうなものですが」
「見回りの方は何時もあんな感じですよ。荘園差配人様は少し口うるさいのですけど」
脱走後にしてはなんというか、気が抜けている。
脱走などなかったかのような……?
暫く待ち、見張りの兵士も居なくなってしまった。
これならば危険もないと判断して荘園の中に入る。
「奥の方に集まって暮らしています」
足元を照らす最低限の火だけを頼りにオルレアンの案内で移動する。
刈り入れが始まっているのか、纏められて積み上げられた麦が横に見えた。
奥の住居スペースに到着する。
農奴が集まって暮らしている。
窯で煮炊きをしている人たちがいたので、声を掛ける。
「あの」
「誰?」
俺の声に、女性が振り向く。
来ている服は丈夫そうだがくたびれている。
オルレアンのフードを取り、女性に見せた。
「この子を保護したので連れて決ました。本人が親に会いたいというので、御存知ありませんか?」
「……オルレアン、戻ってきたのね」
女性はもう一人に鍋を任せてこちらへと手招きしたのでついていく。
オルレアンはこの荘園の人間で間違いないようだ。
周囲の農奴の人達はこちらをジロジロと見ている。
顔を覚えられたかな。
もし何かあれば、暫くこちらには来ない方が良いだろう。
女性についていくと家に到着した。
「この中にオルレアンの親がいるわ」
「生きてるんだな」
「ええ。……捕まえた兵士も大事にしたくないから、口止めで終わったわ。荘園差配人の耳にも入ってないの」
なるほど。警備が緩いのはそういう理由か。
元老院の貴族の耳に入れば、脱走を許した兵士にまで咎が行くかもしれない。
それを恐れたのかもしれない。
「まぁ、それで済んで良かったわ。私達もどうなるか分からなかったし」
そう言って女性は居なくなる。
オルレアンの方には顔を向けなかったな……。
オルレアンの両親と会うために家の扉をノックした。
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