第121話 大都市アテイル

 馬車に荷を積み込んでいく。

 今回からは借り物ではなく自前の馬車だ。


 少しだけ借り物よりも荷台が広く、振動も少ない。


「立派な馬車ですね」

「でも高かったのではなくて? 増築もしたみたいですし」

「まあ最近の稼ぎは殆ど吹っ飛んだな」


 増築は少し広げただけなので言うほどではないが、馬車代でアズ達の稼ぎと店の利益の殆どが消えた。

 勿論運転資金は確保してあるのだが……。


 今回利幅の良い香辛料やら石鹸、香水などを積んでいるのはそういう理由もある。

 売れると良いなぁ。


 ラバを馬車に繋いで、早速移動する。


「今回向かう場所はここだ」


 御者を一旦エルザに任せて馬車の中で簡易的な地図を広げて場所を示す。

 都市アクエリアスへ向かう道を途中で逸れて、暫く進めば到着する予定だ。


 今回もアレクシアに地面を固めて貰うとして、それでも片道二日はかかるか。


 そう思って空を見上げると天気がイマイチ悪い。

 そろそろ雨期が近い時期になってきた。


 暫く進んだあたりで遂に雨が降り始めた。

 荷台は屋根があるので問題ないが、御者とラバは濡れてしまう。


 御者のエルザは防水のローブを着込み、雨に濡れないようにしていた。

 濡れたラバ達はアレクシアの火の魔法により体温が冷えない様に包まれている。


 その様子をオルレアンが不思議そうに見ていた。


「魔導士様はそのようなことも出来るのですね」

「何度か言ってますが、アレクシアで構いませんわよ」

「畏れ多いです」


 そう言ってオルレアンは頭を下げる。

 どうにも名前を呼ぶことに抵抗があるようだ。


 農奴としての教育の影響なのだろうか。


 地面はアレクシアの土の魔法で固めても雨ですぐにぬかるんでしまう。

 それでも凸凹がないだけでラバがこける事は避けられるので効果は大きい。


「火の魔法と土の魔法は同時に使えるんだな」

「まぁ、火の魔法でしたらこれが補助してくれますから」


 そう言って火のブローチを掲げる。

 魔石の部分が赤い輝きに包まれていた。


「アレクシアちゃん、私にも火の魔法が欲しいんだけど……」

「仕方ありませんわねぇ」


 エルザの懇願に仕方なくアレクシアは答えた。

 スッとエルザの周囲に熱が生まれる。


「ふぅ、温かくて幸せ」


 そんなエルザを見ながらアレクシアは火のブローチを見つめる。


「どうにも、調子が変ですわね」

「どうかしたのか? 調子でも悪いとか」

「いえ、逆ですわ。調子が良すぎると言いますか……」


 そう言って首をかしげる。

 アレクシアに分からない事が俺に分かる筈もなく。


 そういう事もあるのだと思うしかなかった。


 アズはオルレアンは座って雨を眺めている。

 しばらく雨の音を聞きながら馬車を進めた。


 空腹を感じたので食事を挟み、御者を交替する。

 エルザが少し濡れた髪をタオルで拭き、荷台に入る。


「冷えずに済むのは助かります。ありがとうねアレクシアちゃん」

「分かったから抱き着こうとしないでくださる?」

「親愛のハグですよハグ」

「遠慮しますわ」


 近寄るエルザをアレクシアはそう言って押しとどめる。

 エルザは仕方ないのでアズとオルレアンをギュッと抱きしめた。


「二人とも暖かいねー」

「わっ、びっくりしました」

「司祭様はハグが好きですね」


 野菜と肉を挟んだパンをパクつきながらその様子を眺める。

 雨の所為でパンが濡れるので、急いで口に放り込む。味わって食べられないな。


 更に進み、森の近くの到着する。

 雨は止みそうにないのでここで一泊するか。


 俺達は荷台で寝れば良いが、ラバ達はそうもいかない。

 フードを被って、なるべく大きな木の近くで雨避けの小屋を作る。


 小屋と言っても葉の付いた枝を切って縛っただけのものだ。


 枝についてはアズが活躍してくれた。

 雨の中を軽快に動き回って枝を斬り落としていく。


 幾つも枝を重ねると、葉が上手く雨を遮ってくれる。

 焚き木もして空気を温めておけば、ラバ達も眠れるだろう。


 魔物よけにエルザが簡易的な祝福を行って結界を敷く。


 常々思うがこのパーティーはバランスが良いな。

 勿論贅沢を言えば更に色々と欲しいが、人数を増やしすぎると俺が管理しきれない。


 オルレアンは細々とした事を手伝ってくれた。




 次の日には雨は止んでおり、太陽が日を照らした。

 太陽神とあの太陽は関係あるのだろうか?


 地面こそまだぬかるんでいるものの、雨が降ってないだけで大分マシだ。

 遅れた分を取り返すように順調に移動する。


 道中の魔物は貴重な食糧だ。

 最初に積み込んで持ち運ぶ肉はどうしても燻製したものになるので、魔物を狩らないと新鮮な肉は食えない。


 それに向こうからやってくるのである意味楽だ。


 商人だけで移動するとこれが厄介な話になるのだが……。


 そんなこんなでラバを途中で休ませつつ、水浴びもしつつ、目的地に到着した。


 オルレアンの居た荘園に近い、元老院の議員が治める大都市だ。

 フィンは恐らく此処だろうと言っていたが、まず色々と調べなくては。


 都市アクエリアスや都市カサッドよりも大きな都市だからか人の出入りも多い。

 門番も手慣れており、長い列はみるみるうちに消化されていく。


 オルレアンは変装させてあるが、念の為更に顔を隠してある。


 門番は最低限のチェックを済ませた後は都市に入るための税金を徴収するだけだった。

 荷の中身以外は殆ど見てもいないだろう。

 この人の多さでは仕方あるまい。


 馬車のまま都市の中に入る。


 帝都や王都と比べても十分賑わっていると言えるほどの活気が城壁の中にはあった。


 オルレアンの親を確認するという目的でここに来たが、商売人としての血が騒ぐ。




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