第120話 拾った責任

 オルレアンを保護した後、ひとまず数日ほど療養させる。

 エルザが治療したとはいえ、衰弱も酷かったしこちらも時間が必要だった。


「もう痛い所は無い?」

「ありません。感謝します、司祭様」

「エルザで良いよ」


 エルザが念の為オルレアンの体を診察する。

 その際背中にある紋章を見つけた。


「オルレアンちゃん、背中のこれは?」

「これはうちの一族の証です。昔から生まれた時に現れると聞いてます」


 最初は農奴である事を示す紋章かと思ったが、どうやら違うようだ。

 それとは別に足首にある入れ墨が農奴としての証らしい。

 とりあえず布でも巻いて隠させる。


 何処で誰が見ているか分からんからな。


 最初は碌にベッドから動けなかったが、数日で歩き回れる程度には回復した。

 オルレアンの世話はアズが積極的に手伝う。


 歳が近いからだろうか、親近感を感じるようだ。

 食欲もあるのでもう少しすれば元気になるだろう。




 そんな中、俺はフィンと話していた。

 帝国の内情については実際のところ殆ど知らない。

 農奴制がある事は知っていたが、実際にどういう暮らしをしていたのか……。


「ふーん。脱走農奴ねぇ」

「分かっているとは思うが、外には漏らすなよ」

「当たり前でしょ、ぶっ殺すわよ。情報を扱う仕事をしてるんだからね、私は」


 舌打ちと共に返事が返ってきた。

 きちんと金を払う限りは信用できるのは相変わらずのようだ。


「保護したのがこの辺りなら……一番近い大規模な荘園があるのはここでしょうね」


 地図を見ながらフィンが指を刺す。

 オルレアンは貴族の荘園と言っていた。


「元老院の一人が所有する荘園ね。良く逃げれたものだわ」

「元老院、か」


 元老院。帝国の最高権力機関。

 皇帝ですらその意思を無視できない集まりだ。


「正直関わらない方が良いと思うわね。その子の両親は生きてるかもしれないけど」

「見せしめで殺されてるんじゃないのか?」

「元老院の連中は欲深いのよ。殺したら荘園の人手が減るからそれは嫌がるでしょうね。尤も、農奴全体に罰が与えられたでしょうし鞭打ち位はされてるでしょうけど」

「鞭打ちか、それは……」


 鞭打ちは貴族が平民に行う罰だ。命を取られる訳ではない。

 だが鞭打ちをされれば数日はまともに動けず、中には痛みで死んでしまう者も居る。


「まあ別にあんたがどうしようと構わないけど」

「ああ、助かったよ。ありがとう」

「お礼は要らない。欲しいのはお金よ」

「分かってる」


 フィンに金を渡すと、彼女は居なくなった。




 オルレアンが元気になった後、もう一度意思を訪ねる。


「もしお前が王国で暮らす事を望むなら、ある程度世話をしてやろう。保護したのは俺だしな。正直荘園に戻っても良いことはないと思うが、お前はどうしたい?」

「旦那様、面倒を見て貰ってありがとうございます。でも私の意思は変わりません。両親の元に戻りたいです。一人だけ自由になっても、意味がありません」

「……分かった。とりあえずもう暫く移動は出来ない」

「はい、旦那様」


 オルレアンは聞き分けは良いが、これに関してだけは意見を曲げなかった。

 言葉でどうこうできるものではない。


 オルレアンにはアズの服をとりあえず着させている。

 動けるようになると自分から率先して仕事を求め始めた。

 なので簡単な手伝いをさせている。


 店の棚の補充や軒下の掃除、後は煮炊きなどだ。

 とにかく火の扱いが上手かった。


 アレクシア曰く、火に愛されている気配がするとのことだ。

 火のブローチがオルレアンに近づけるだけで活性化するほどに。


「あの背中の紋章と関係があるのかしら?」

「どうでしょうねー。何処かで見た気はするんですけど」


 オルレアンが完全に元気になった後は、アズ達はとりあえず適当な依頼や迷宮に送った。

 暇をさせるのも良くないからな。


 それからもう少し経ち、馬車の調整もおわる。

 遠出が出来る準備が整った。


 オルレアンを拾ったのは俺の意思だ。

 ならばその責任があるだろう。

 この少女は聞き訳が良いが、ずっと適当な事を言って押し留めておくと自分の足で両親の元へ向かう気がした。

 それをする位には強い意志があるのは俺にも分かる。


 とりあえず行商を装って荘園の近くまで近づいてみるか。

 アズ達の帰還を待ち、それから休息のため一日待つ。


 行商に持ち込むのは、嗜好品や香辛料などだ。

 荘園の近くには元老院の貴族が治める都市がある。まずはそこへ向かう。


「オルレアン。これから帝国に向かう。それは行商の為だが、お前の言う場所にもよるつもりだ。だからお前が農奴とばれると良くない。分かるな」

「はい、旦那様。どうすれば良いですか?」

「まずその長い髪を切る。足首の入れ墨は服で隠せ。背中の紋章は……」


 どうしたものかと思っていると、エルザが任せてくださいと道具を取り出す。

 紋章の上から化粧を施すと少しずつ薄れていく。


「化粧は嗜みですからねー」


 殆ど見えなくなった。これなら大丈夫だろう。


「必ず俺の言う事を聞くこと。危険なら無理やりにでも引き返すからな。分かったか?」

「約束します」


 そう言ってオルレアンは俺に頭を下げた。

 危険な事をしているなと自分のことながら思う。


 俺の両親にはもう会えない。

 その所為だろうか。この少女が親に会えるならば会わせてやりたいと思うのは。


 金にはならんがな。





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