第119話 脱走農奴

 ラバ達を引き連れながら都市カサッドへ向かう。

 少女は深く眠っているようで、まだ目を覚まさない。


 8頭ものラバをどうにか移動させながらなので移動はどうしてもゆっくりだ。

 ラバは足の速さこそ馬には劣るが、餌も少なく体も丈夫で畑を耕したりも出来る。


 引く手あまたで良い金になるのだ。


 流石に数が多くて難儀していたところ、キャラバンと遭遇する。

 キャラバンの主人が俺達が多数のラバを引き連れているのを見て声を掛けてきた。


 瞬く間にラバがキャラバンに買い取られることになった。

 相場に比べて少し安いが、8頭のうち6頭を即金でという好条件だったので契約する。


 全てのラバを売らなかったのは、購入する新しい馬車を牽いてもらうためにこちらも2頭必要だったからだ。


 キャラバンの主人と握手し、6頭を引き渡して代金を貰う。

 向こうはニコニコしながら移動を再開した。


 二頭のラバだけならこちらも扱うのは大分楽だ。


 元々大分躾けてあり、鐙も備えられているのでエルザとアレクシアがそれぞれ乗って改めてカサッドへ向かう。


 俺とアズが馬車の御者だ。






 カサッドの手前で一夜を過ごし、ようやく店に到着した。


 市民権があるので入る際に税金がとられることはない。

 荷物を店に下ろした後、保護した少女を家に運ぶのをエルザに任せる。


 店の増築は既に完了していて、大分スペースが広くなっていた。


 ラバ2頭は増築した一角にある馬車用のスペースに移動させて繋ぐ。

 早速水を飲んだり、用意した草を食みはじめた。


 主人が変わったというのに随分とのんびりしているが、こちらとしても助かる。


 馬車を返却し、頼んだ馬車の様子を確認する。


 もうそろそろ出来上がるようだ。


 店に戻り、増築したスペースの一部に行商して手に居た品物を並べて値札をつける。

 以前話していた石鹸やらが既に売られていた。


 全く行動の早いやつだ。


「結構売れてますよ。香りの良いやつを作ってもらってるんで」

「それは良いな。ただ種類が一つだけだと飽きられるからもう幾つか試作してもらっておけ」

「分かりました」


 店の事は特に問題ない。

 帳簿と金庫を確認したが、増築した分売り場が広くなり、それがそのまま売れ行きに繋がっているようだ。


 帝国の品も売れている。

 最近は色々あって帝国のものがこちらに流れにくくなっていたのもあってか物珍しさがあるのだろう。


 アクエリアスがもっと落ち着けば、こことのやり取りも増える筈だ。

 流石にまた戦にはなるまい。ならないよな?


 そこまでやってようやく家に戻る。


 少女はベッドに寝かされていたので、とりあえずパンをヤギの乳で煮てパン粥を作った。

 リンゴも皮を剥いてカットし、粥に混ぜる。

 こうすれば柔らかくなる。


 俺達の分と少女が目を覚ました時に食べる分だ。


 スパイスとして少しだがシナモンを入れると、部屋に香りが広がった。

 少女の寝ているベッドの脇にパン粥を置くと、その匂いが届いたのか少女の鼻が反応する。


 先に食べ始めていると、少女がようやく目を覚ました。

 周囲を見て混乱している。


「あの、ここはどこ、ですか?」


 少し訛りがある。

 この大陸ではどの国も同じ言語を使用しているが、田舎なんかだと言葉の訛りが出たりして少し独自の話し方になったりする。


「ここは俺の家だ。野盗たちに捕まっていたお前を一旦保護した。覚えているか?」


 俺がそう言うと、少女が考え込み始めた。

 それに隣のパン粥の匂いが気になるようだ。


「とりあえず先に食べろ。腹も減ってるだろう」

「いいん、ですか? あの、旦那様」

「いいから食べろ。それはお前の分だ」


 少女はよほど空腹だったのだろう。

 パン粥の器を掴むと、木のスプーンで慌てて食べ始めた。


「落ち着いて、誰もとらないから」


 エルザがそう言ってハンカチで少女の汚れた口元を拭う。


「ごめんなさい、こんな美味しいもの初めて食べた、ので」

「……とりあえず食べてしまえ。あ、そうだ。名前だけ教えてくれ」


 このままだと少女を呼ぶときに、おいだのお前だのと言わなければならない。


「私の名前はオルレアンです、旦那様」


 オルレアンと名乗った少女がパン粥を食べ終わり、水を飲み干して一息つく。

 顔色も良くなったな。


「さて、オルレアンだったな。俺達は野盗に襲われて返り討ちにした後、そのアジトでお前を見つけて保護した。野盗は全滅させたからそのままにしておくと見殺しになるからだ。その辺りは覚えているか?」


 少女は暴行を受けていた。

 なので余りその辺りの事を思い出させたくはないのだが、聞いておかねばならない。

 もしかしたら奴らに他に仲間がいたかもしれないし。


「……ごめんなさい。野盗に捕まったのは覚えていますが、その後は余りよく覚えてません。気が付いたらここに居ました」

「そうか、まあいい。それで、野盗にさらわれる前はどこに住んでいたんだ?」

「はい、えと、お貴族様の荘園に住んでました。父さんと母さんと一緒に逃げ出したのですが、追手に捕まってしまって。私だけ逃げるように言われてなんとか進んでいたら、野盗に囲まれて、それで……」

「もういい」


 オルレアンの言葉を遮る。

 凡そ分かった。


 脱走農奴か。


 王国ではあまり居ないが、帝国では元老院や貴族達が土地を支配していることが多く、その土地で農業に縛り付けられている人たちがいる。代々農奴以外に道が無く延々と扱き使われる人々だ。


 奴隷を買って農奴にする事もあるらしい。


「あの、旦那様。私、父さんと母さんの所に戻りたいです」

「……お前の意思はとりあえず分かった。とりあえず今は休め。ここは王国で安全だ」


 俺がそう言うと、喋りつかれたのかオルレアンは再び眠りに就いた。


 この少女を元の場所に帰すと不幸になる。

 それはこの少女の両親も望んでいないだろう。


 だが本人の意思もある。他国まで脱走農奴を追いかけてはこないだろうが……。

 さて、どうするか。



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