第116話 狙い通り

 馬車に荷を積み込んで出発する。

 今回は少し荷が多いので奴隷達は少し狭そうにしている。

 新しい馬車の荷台はもっと広いので我慢して欲しい。


 馬車による移動はアレクシアの風の魔法とエルザの祝福を馬に使うと非常に早く移動できることが分かった。


「地面を均せばもっと早くなりそうだな」

「それは確かにそうですわね……」


 ある程度通る道は決まっているので、試しにアレクシアに少し地面を硬くしながら進んでもらう。


 幅は馬車が通るより少し広めに。

 風の魔法と併用してくれと頼んだら思いっきり睨まれた。


「二匹のウサギを追いかける狩人は居ませんわよ」


 ダメらしい。奴隷に説教された。

 しばらくこの道は往復する予定なので、土の魔法を優先させる。

 平坦で、土を硬く。馬が歩きやすいように。


 すると馬の歩き方が少し変わった気がする。


「あ、ちょっと進む速度が速くなりましたよ」

「お、そうか?」

「馬の疲労も減ってるみたいですねー」

「じゃあ効果があるな」


 出発が少し遅かったものの、こういった工夫で馬車の移動速度が大きく上がったので思ったより早く着きそうだ。


 流石に日を跨がずに到着するには距離があり過ぎるが。

 荷台が狭いので今回は天幕も積んでいる。


 夜を過ごし、次の日に国境をまたぐ。


 少し進むと環境の変化に気付く。


「大分変わったな」

「流石に、ね」


 都市アクエリアスから出た時はまだ少し乾いていた地面が、今は普通の状態に戻っている。


 地面に水が行き渡ったのだろう。


 更に進み、都市アクエリアスに到着する。

 門番は同じ男が担当していた。


 手を上げて挨拶すると、向こうもこちらを覚えていたようだ。


 通行税をきちんと払う。

 前回は色々大変な時期だったから水だけで通れたが、今回はそうもいかない。

 商人は信用が第一だ。こういうのはちゃんとしないとな。


「通行税は確かに受け取った。荷はなんだ?」

「日用品が主だな。確認するか?」

「ああ」


 門番の男が荷物を一通り目視で検査する。

 問題がない事を確認し、都市の中に入った。


 この都市では屋台を何回もやっているので、今回もそれをするつもりだ。


「ヨハネ様、前に来た時と全然違いますよ」


 アズがそう言って街を見渡す。


 一番の違いは匂いだろう。

 前回来た時はすえた匂いがしたものだが、今は特に不快な匂いもない。


 深刻な水不足が解消されたので都市の衛生も良くなったということだ。

 水の巨人が倒れ込んで洗い流したのもあるかもしれない。


 馬車を広場に止めてエルザとアレクシアに準備だけさせておく。

 今回は分かりやすいようにのぼりも用意した。


 前回は枯渇していた水が商品だったので多少声をかけるだけで売れたが、流石にこれは特例だ。

 幾ら売れやすいものを扱っても、多少目立つ努力をしなければ捌けない。


 アズを連れて冒険者組合に入ると、少しだが人の往来がある。

 依頼も少ないが張り付けてあるのが見えた。


 少しずつ機能が回復している証拠だ。


 受付嬢から露店の許可証を買う。

 愛想が良くなっていた。とはいえ帝国の冒険者組合はまだあんまり信用できない。

 前がひどすぎただけかもしれないが……。


 都市間の移動中に倒した魔物の素材も換金する。

 この為にアズを連れてきた。

 冒険者証の実績がそろそろ良い感じになるからだ。


 換金だけなら別に俺でも出来るが、実績に追加した方が得だと思う。


「もうちょっとだな」

「最近は余り冒険者の仕事をしてませんでしたからね」


 ついでに依頼を眺めるが、これならまだ行商していた方が良いだろうな。

 組合所から出て広場に戻る。


 僅かだが馬車の周りに人が集まっていた。

 エルザが客と雑談して時間を稼いでいる。


 アレクシアが俺に気付くと慌てて手招きしてきた。

 アズと一緒に走って向かう。


「さっさと売りますわよ!」

「ああ、分かった」


 木箱を机にして早速商売を始める。

 やはり日用品の類が不足しているようだ。


 買い物を終えた客と少し話してみる。


「キャラバンが寄りつかなくなっちまってなぁ。以前から行き来してる行商人の人は居るんだが、一人で背負える量はどうしても少ないしな。馬やロバに載ってるならもうちょっと増えるが」

「なるほど。商会はどうしてるです?」

「ああ、あの人らは食料を優先してたからなぁ。文句は言えんよ」


 やはり日用品が品薄状態だったようだ。


 水の時のような大行列ではないが、客が途絶えない。

 一番人気はおやつに良いと思って持ってきたリンゴの実だった。


 木箱一箱分があっという間に完売する。


 売値は道具屋で売る値段よりほんの少しだけ値上げしている。

 水の時とは違って慈善事業じゃないからな。手間賃分は上乗せしている。


「いやぁ、安くて助かるよ」

「塩を切らしそうだったんだ。この器一杯売ってくれ」

「これとこれですね。銀貨5枚です」


 中々繁盛している。

 支払いは帝国領内なので勿論帝国の通貨。

 これでも一応店を構えている身だ。

 帝国の通貨もそれなりに扱っているので釣りも困らない。


 王国と帝国は揉めることも多々あるが、それはそれとして通商条約を結んでいるのもあって為替も安定しているので帝国の通貨が増えても余り問題はない。


 王国の通貨に換えると手数料を取られるので、王国に戻るときは通貨を物に換えるのが一番だが。


 鉄が一気に売れた。

 鍛冶屋がまとめて買っていったようだ。


「全然足りねぇからな。また持ってきたら買ってやるよ」

「分かった」


 その日のうちに大半が売り切れてしまった。

 これは宿に泊まってからとんぼ返りだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る