第115話 少しの休息

 馬車の買い付けを終わらせて店に向かうと、アズからランプの偽物を交換させようとしたならず者の話を聞いた。


 偶にそういう輩が居る。

 その手の連中は長く居座って他の客が寄りつかなくなるので居るだけで大損だ。


 警備隊に突き出しても良かったのだが、追い払ったのならそれはそれで問題ない。

 用心棒代わりの人間が居ると分かればもう来ないだろう。


「よくやったな」

「お役に立てて良かったです」


 アズの頭を撫でてやる。


 しかし相手も驚いただろうな。

 少女が物怖じせずに一撃を食らわせてきたのだ。


 それも少女らしからぬ力で。


 冒険者の実力は見た目ではとても判断できない。

 侮ると文字通り痛い目に合う。


 頼んだ通りの雑貨、日用品が準備されていた。

 塩、油、香辛料に服の材料の布、包帯に薬草、それから鉄。

 何処の都市でも必要とされるものだ。


 本来はわざわざほかの都市に行商するものでもないのだが、今の都市アクエリアスに持っていけば恐らくすぐに売り切れるだろう。


 毎日少しずつ売れるものが一気に売れれば、それは十分な商機だ。

 輸送コストを考えても十分だろう。

 補うために単価の良い蜂蜜なんかも持っていけばいい。


 仕入れも増やせて単価を落とせるのも地味に効く。


 馬車は買い付けそのものは終わったが、新しく組み立てから入るので引き渡しは数ヵ月後だ。


 それまではレンタル代を払うしかあるまい。

 予想では都市アクエリアスとの行商が落ち着く頃には手に入る計算だ。


 この行商で代金分を稼げればかなりいい流れだが。


 アズ達に引き続きレンタルした馬車の荷台に荷物を積み込ませる。

 帳簿に積み込む品物を記入し、原価を計算しておく。

 一通り確認し終えた。

 うーん、貴重だが砂糖も追加しておくか。


「今日はもう休んで良いぞ。明日出発するからな」


 そう言って解散させて休ませる。

 とんぼ返りは流石に俺が持たない。


 それぞれが返事をして家に戻っていく。

 小遣いを持たせておくのも忘れない。


 俺も家に戻るが、その前にベテランになってきた従業員に馬車に積んでいく品物の補充をさせる。


「あと2ヵ月で増築は終わるみたいです」

「そうか。予定通りだな」

「新しいスペースには何を置くんですか?」

「まだ決めてないが、そうだな……」


 折角増築スペースだ。

 利益率の高いものを置きたい。


「石鹸とか、香料を置いてみるか」

「おぉ、お洒落ですねぇ。レイアウトも頑張っちゃいますか」

「それで売り上げが伸びるなら給料上げてやるよ」

「本当ですか?」

「勿論だ」


 香料はアレクシアが使っているのを見た覚えがある。

 女性に人気があるものならおいて損はないだろう。


 確かそう言ったものを作る職人が居た筈だ。

 今回の行商が落ち着いたら伝手を作ってみるか。


 その際はうちの連中に意見を聴けば参考になるだろう。


 新しい商売、ワクワクしてくるなぁ。

 しかも新しい場所に置くわけだから純粋に売り上げに加算される。


 まだ土地はあるので、ゆくゆくは更に店をでかくしたい。


 店の事は従業員に任せ、俺も居住部に移動する。


 丁度アズが出かけるところだったようだ。

 着替えを終えており、すれ違う。

 広場に行くようだ。


 警備隊が改革されて大分治安が良くなったし、アズがどうこうされる事もないだろうが一応気を付けるように言っておく。


 アズを見送り部屋に戻る。

 ベッドに座ると、どっと疲れが出てきた。


 なんだかんだよく働いたなと自分を労う。

 そのまま体を横にすると、考える暇もなく意識が遠のいていった。


 着替え位はしないと――。









 翌日の昼、目が覚める。

 どうやらあのまま寝入ってしまったようだ。


 しまったな。


 体を起こして大きく伸びをする。

 骨がうるさく鳴り響いた。


 立ち上がり、浴室に行く。

 シャワー位は浴びておきたい。


 浴室を開けると、丁度着替えが終わったエルザが居た。


「あら」

「おはよう、エルザ」

「ええ、おはようございます」


 シャワーを浴びていたようだ。

 エルザの肌が火照っている。


「少し遅らせたら一緒に入れましたね」

「いや入らないから」

「そうですか? ほら、裸の付き合いと言うじゃないですかー」

「それは同性に使う言葉だろう」


 そういうとエルザがあはは、と笑う。

 エルザをさっさと追い出して体を奇麗にする。


 その際エルザの言葉を少し思い出したのは不可抗力だろう。

 着替えて裏庭に行くと、アズが家庭菜園の世話をしていた。


 主に世話はエルザがやっているのだが、アズも手伝いをしている。

 野菜を育てるのは楽しいらしい。


「育てた物を食べれるのが良いですね」

「確かに。買うより沢山手に入るからな」

「ですね。あ、そういえば」


 アズが昨日広場に行った際の様子を話す。

 かなり活気が戻っていたそうだが、少し人相の悪い人間も増えていたらしい。


 馬車の買い付けの際直近の様子は聞いている。

 領主代理であるジェイコブは治安維持に熱心なので、大きなトラブルは起きてないそうだが、うちの店のように小さなトラブルは多発しているらしい。


 警備隊は以前とは違い大忙しだ。

 活気というものは全てが良い面がある訳ではない。


 こうしたような状態も起きる。

 外部から人が来る以上は仕方のない事だ。


 一つ一つ対処していくしかない。

 幸いジェイコブは信用できる人物だ。

 状況は少しずつ落ち着いてくるはずだ。


 新しく来る領主は分からないが、しばらくは大丈夫だろう。


「あ、そうだ」

「どうしました?」

「防犯グッズが売れるな」



 そう言うと、アズが苦笑してそうですね、と返事をした。


 おかしい。完璧なアイデアだと思うのだが。

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