第114話 水の中にいる
目を開けると、私は水の中に居た。
口をひらくと空気が泡となって浮いていく。
それを少しだけ眺めた。
不思議な事に息苦しくない。水の中に居るのは間違いないと思うのだが。
「皆、どこ?」
不意に口から言葉が出た。
水中にいる筈なのに、喋れていることに後から気付く。
上を見ると泡が浮いていく様子が見えるのだが、その泡はどこまでも昇って行く。
水の果てが見えない。
足を動かしてみると、体が水の中を移動した。
とりあえず上へ向かって移動してみる。
澄んだ水の世界はどこまでも見通せるのだが、私以外ここには何もないようだ。
しばらく泳いでみたが、移動した気がしない。
(どうしようかな)
そもそもここはどこだろう、と考えていると目の前に泡が集まってくる。
泡はみるみるうちに大きくなると、私と同じ姿になった。
自分の姿が目の前に居るのはとても不思議な気分だ。
だが、目の前の私の姿をした者からは一切悪意は感じない。
「ア……ズ?」
「えと、貴女は誰?」
「私……は、水。アレクシアの友達」
(水、アレクシアさんの友達……、そうか)
どうやら、水の精霊らしい。
私の右目に水の精霊が納まったのを思い出す。
どうやらこの光景はこの水の精霊が見せているらしい。
「何か私に言いたいことがあるの?」
「今は……見に来ただけ」
喋っているうちに覚束なかった言葉が段々と流暢になっていく。
言葉に慣れてきたのかもしれない。
「私は戻れる?」
「うん。水は、貴女と共にある」
そう言うと、私の姿をした水の精霊は再び泡に戻る。
「――?」
何処からか声が聞こえた。
意識が遠くなる。
「アズ、起きろ」
「ん、あれ。寝てましたか」
「ああ。そろそろ到着するぞ」
ヨハネ様の声で目をさます。
どうやら私は眠っていたようだ。
不思議な夢だった……。あれは水の精霊だったのだろうか。
アレクシアさんの故郷である都市アクエリアスから、私達が住む都市カサッドに到着したようだ。
主人であるヨハネ様を差し置いて眠ってしまった。
疲れるとどうしても眠くなってしまう。
幸いそれで怒られることは無いのだが。
アレクシアさんに夢の内容を話してみると、気に入られたのかもと返ってきた。
馬車から見る周囲は何時もの光景が広がっていた。
懐かしさすら感じる。
馬車から降りて、奴隷組は道具屋に向かう。
ヨハネ様は馬車を一旦返すようだ。
いよいよ馬車を買うらしいので、その交渉に向かった。
私達はメモを渡され、道具屋に先に向かって集めておけと指示された。
「日用品ばかりなんですね」
「ここと違ってアクエリアスは物資が足りてませんでしたわ。あの渇水具合では商人が寄りつきませんから、仕入れも出来なかったでしょうし」
「そこで私達の出番、という訳ですねー」
話しながら歩いて店に向かう。
少し歩くと見えて来たが、店はまだ改装中だった。
向こうに滞在していたのは数日だ。
行き来に更に数日と考えても、まだ完成は先らしい。
今は私の家でもあるので、どうなるのかとても楽しみだ。
まだ増築余地はあるらしいので、頑張って稼げばもっとお店は大きくなるらしい。
(大きなお店かぁ。一度働いてみたいな)
冒険者業に不満はないが、ちゃんとした衣装を身に着けてお店で接客というものをしてみたい。
(今度ヨハネ様に頼んでみようかな? 怒られるかな)
そんな事を考えていると、店の中で言い争いの声が聞こえた。
普段は裏から入るのだが、用事を言い渡されているのもあり表から入る。
すると、いつもの従業員と悪い顔つきをした男が口論している。
「ですから、当店では問題ないものだけお売りしてます」
「ふざけるなよ! このランプは不良品じゃねーか」
どうやらこの店で売った商品に問題があったようだ。
だが、悪い顔つきの男が持つランプを見ると、なにやら違和感を覚える。
この店のランプは冒険に出る際何度か主人から持たされているので思い出しながら比較してみると、その理由が分かった。
「あの」
「あ、なんだガキ。見せもんじゃないぞ!」
「そのランプ、偽物ですよね」
「な、何言ってんだ。このランプはここで買った……」
「いいえ。違いますよ。そんな粗悪品はここでは売ってません」
はっきりと言い切る。
男が持っているランプはデザインこそこの店のものに似ているが粗悪な安物だ。
この店は少し値が張るがちゃんとしたランプを売っている。
安いものが欲しい人は松明や蝋燭を買っていく。
「ああ、壊れた安物のランプと交換させようとしたのね」
「これはいけませんねー。不徳ですよ」
二人も店に入ってくる。
悪い顔つきの男は図星だったのか、少しばかり言葉に詰まっていた。
そして舌打ちをすると、顔を紅潮させる。
次の展開は私でも簡単に予想できた。
大きく腕を振りかぶって私に殴りかかってきた男の脛を蹴る。
「ああああああ!?」
多少手加減したのだが、それで十分だった。
男は脛を抱えて痛みに呻く。
「警備隊に突き出しますよ?」
「わ、分かった。もう行くから勘弁してくれ」
そう言ってひょこひょこと歩いて男は店から出ていった。
あの様子ならもう来ないだろう。
「ありがとう。ちょっと粘られてて困ってたんだ。確かアズちゃんだったよね。店主のお抱え冒険者の」
「あ、はい。どうもです」
奴隷であることは向こうは知らない。
女だけのお抱え冒険者パーティーを家に泊めているヨハネ様、という図式になっている。
別に間違ってはいないから良いのかな。
メモを渡すと、ここで準備できるものは早速準備してくれた。
大量に運ぶものは倉庫にあるのでそこから運び出すことになるみたいだ。
少しはこの店の役に立てて良かった。
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