第113話 カロルスの誘い

 アーグ男爵が立ち去ると、魔導士達は困惑した様子だった。

 彼等はアーグ男爵に雇われていたに過ぎない。


 此処に居ても仕方ないと判断したのだろう。


 彼等も立ち去っていった。


 都市の住人達の多くはアレクシアを眺めているものの、役人の誘導で解散していく。


 少女が一人抜け出してきて、アレクシアに花を渡して去っていった。


「ふむ。男爵は伯爵の所へいったかな」


 カロルスが立ち去っていったアーグ男爵の方を眺める。

 その姿が見えなくなると、フードを脱いだアレクシアに向き直った。


「さて、久しぶりだね。アレクシア」

「ええ、カロルス」

「顔を隠していたから正体は現さないつもりかと思った」

「そのつもりでしたわ。でももういいですの」

「そうか。まあ君はそうした方がらしいよ」


 カロルスはそこまで言って手紙を懐にしまった。


「これから忙しくなる。旅も終わったし、この都市の一件を伯爵に追究するために実家に戻るつもりだ。アレクシア、良ければついてきてくれないか?」

「それは……」

「あの件の後、君の事が気になって調べた。今の君がどういう状況なのかは知ってる。君の立場を開放する金はこちらで用意しよう。何なら倍だしても良い。一緒に俺と来てくれないか?」


 カロルスはそう言ってアレクシアに近づいた。

 だが、アレクシアはその言葉に首を振る。


「カロルス。そう言ってくれるのは嬉しいですけど、二度も買われるのは御免よ」

「それは違う。あくまで奴隷としての立場からを開放するために」

「同じ事ですわ。もし何事もなくこの都市に居たままなら、貴方と一緒に行ったかもしれないけど。そうはならなかったの」


 アレクシアはそう言って、アズ達を見る。


「私は今の状況をそれなりに気に入ってますわ。奴隷という立場はともかくね」

「そうか。やっぱり、戻ってくるのが遅かったな。もっと早く戻っていれば……いや、言っても仕方ないな」

「起きたことは変わりませんわ」

「そうだね。残念だ。アレクシア、俺は今の帝国は気に入らない。元老院は荘園を増やして私腹を肥やすのに熱心で、他の貴族は元老院に取り入るのに必死だ。このままでは帝国は弱体化する。俺はそれを変える。君にはその隣に居て欲しかった」


 カロルスはアレクシアの目を見てそう言った。

 アレクシアはカロルスの目を見返した。


「相変わらず、真っすぐね。父はそういうあなたを気に入ってたっけ。一緒には行けないけど、応援してますわ」

「ああ。ありがとう。それじゃあ行くよ」


 カロルスはそう言うと、しっかりとした足取りで立ち去っていった。


「良いのか?」

「ええ」


 俺が尋ねると、アレクシアはカロルスを見送りながら頷く。

 話の流れからして、もしかしたらとも思ったがアレクシアはカロルスの提案を受け入れなかった。


「ふふ。命より大事なのでしょ? あそこまで言われたら、ね」

「あれはまあな」


 あの日の事は事あるごとに言われそうだ。

 ただあれは本音である以上、訂正する気もない。


 水の精霊の一つがアレクシアの周囲を漂った後、アズへと近づく。


「なんです?」


 アズは近づいてきた水の精霊に尋ねる。

 すると、アズの右目の前に移動して、すっと右目に吸い込まれた。


「わっ」


 アズが驚く。


「大丈夫よー。力を貸してくれるみたいね」


 エルザが驚くアズを宥めた。


「でも、右目に……」

「アズちゃんの右目は使徒の器になっているから、水の精霊にとっても居心地がいい筈よ」

「そうなんですか? 不思議な感覚がしますけど」

「少し経てば落ち着くから、心配しないで」


 他の水の精霊は空気に消えていく。


「これで水の気が元に戻りましたわ。完全に元通りになるには少し時間が掛かるでしょうけど、もう大丈夫でしょう」

「そうか。良かったな」

「ええ。わがままを言って申し訳ありません」

「なんだ、頭を下げるなんて珍しい」

「もう、折角頭を下げてるのにこれですわ」


 なんだかんだ奴隷として買った後も我を貫いていたアレクシアが、初めて頭を俺に下げたかもしれない。


 それだけこの都市の事を気にしていたということだ。


 さて、この都市の問題は山積みだが俺達が関われるのはここまでだろう。

 むしろ踏み込みすぎている位だ。


 これからどうするか、に関しては少し考えていた。


 今この都市には不足しているものが沢山ある。

 水の精霊が捕らわれていたことによる土地のダメージもこれから回復するだろうし、商売の機会はありそうだ。


 商人達も暫くこの都市は避けていただろうからな。

 それにこの都市の人達は割と裕福だ。


 渇水に苦しんではいたものの、金に困っている人は見なかった。


 そうと決まれば、一度戻るか。


「よし、決まりだ」

「はい。どうしますか、ご主人様?」

「しばらくはこの都市とうちの店で行商して、帝国から外貨を稼ぐぞ」


 わー、とアズが手を叩く。

 アレクシアも異存はないようだ。


「良いんじゃないでしょうか? 太陽神教もこの辺りには居ないようですし」


 どうやらいつの間にか神殿がないか調べていたらしい。


 何が不足しているかは調べておかないとな。

 日用品を詰め込めば売れそうだが。


 馬車、買うか。



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