第111話 アクア・ゴーレム

 雨が都市を包む。

 住人達は防水の為の服を着込むと、雨を利用して都市の掃除を行った。


 元々温暖で雨量も豊富な地域だった為、都市の放水路も整備されている。

 既に半日ほど雨が降り注いでいるが、水は氾濫することなく川へと流されていた。


 俺達は今は宿屋にて待機している。

 アズはあの後立てなくなるし、アレクシアも流石に疲労を隠せない状態だった。


 雨は明日の夜まで降り続けるようだし、今は休息しておいた方が良い。

 水の精霊に関してはこれで時間稼ぎが出来たらしいが、その辺りに関しては俺からは何とも言えない。


 俺はそうでもないが、他三人は大仕事を終えて疲れているので食事もとらずに横になってしまった。


 雨を眺めながら俺は色々と考えることにする。






 いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 雨が屋根に当たる音で目が覚めてしまった。


 雨は勢いが衰えず降り注いでいる。


 これを個人の力が行ったと思うと、改めて並大抵のことではない。

 大したものだと感心する。


 尤も、アレクシアやアズの疲労を見るに余り積極的にやりたくはない。


 他の三人はまだ眠っている。

 疲労で眠りが深いのかとも思ったが、外はまだ夜だ。


 むしろ俺の眠りが浅かったらしい。

 もう一度寝ようとして毛布を被ろうとすると、揺れを感じた気がした。


 気のせいかと思ったがそうではなさそうだ。

 小刻みに揺れが起きている。


 窓から外の様子を確認すると、水が動いていた。

 暗いので分かりにくいが、水が振動しているせいで揺れが発生しているようだ。


「なんだ?」


 まるで水が意志を持っているかのような……。


 寝入っていた三人も振動に気付いて起き出してくる。

 周囲を確認して窓に居る俺の方へ向かってきた。


「揺れませんでしたか?」

「外を見てみろ」


 横に避けてアズを窓際に立たせる。

 丁度太陽が地平線からゆっくりと顔を出し始めた。


「水が集まってる?」

「私にも見せて」


 アレクシアが急いで窓際に駆け寄る。

 アズはアレクシアに場所を譲った。


「これは……」


 アレクシアは外の様子を確認すると、上着を掴んで外に出る。


「待て、どうしたんだ」

「水の精霊ですわ!」


 そう言って外に出たアレクシアを追いかける。


「お前らも着替えてついてこい」

「分かりました」

「はいー」


 二人の返事を聞いた後アレクシアを追いかける。


 宿の外に出ると、都市の住人達も起き出して外に様子を見に来ていた。

 立ち止まっているアレクシアの横に立ち、同じ光景を見る。


 驚くべき光景が目の前に広がっていた。


 雨は変わらず降り注いでいるが、その雨は地面に落ちることなく一点に集められている。

 地面を流れていた水も本来の流れを無視して同じく一点に寄っている。


 それは不思議というよりも神々しいというべき光景だった。


 水が集まり巨大になっていく。

 そして次第にサイズこそ巨大だが人の形をとっていった。


 いうなれば水の巨人だ。


 現実味が薄い。

 夢でも見ているかのような光景が目の前に広がっている。


 それは都市の人々も同じようで、まるで夢でも見ているかのようにただ呆然と水の巨人を見上げていた。


 水の巨人がある程度の大きくまで育つと、雨が再び地面に落ち始める。


 アズが俺の分の外套を抱えて来てくれたのでそれを着て雨を防いだ。


「あれはなんだ?」


 アレクシアに尋ねる。

 あんなものは見たことがない。


「水のゴーレムとでもいえば良いのか……水の精霊に良い効果があればと思いましたがこれほどとは思いませんでしたわ」

「これは水の精霊の影響なのか?」

「間違いなくそうですわね。こんな量の水を制御するのは人間には無理ですわ。魔導士が集団で関わっても、あんな大きさにはならないでしょうし」


 水の巨人は動くことなく棒立ちのままだ。


「相当怒ってますわ……あの男爵がやっているだろうことを考えると当然ですけれど」


 流石に水の精霊の機微は俺には分からないが、アレクシアが言うならそうなのだろう。

 するとアズが俺の袖をつかむ。


「わ、私にも分かります。怖いです」

「水の災害は神の怒りである、といった風に伝わったりもするほどですからねー。それが明確意志を持って動くとなると」


 水の巨人はゆっくりと体を動かす。

 行先は当然、アーグ男爵の屋敷だ。


 水の巨人が一歩踏み出す度に地面が揺れる。

 歩くたびにその重量で煉瓦で舗装された道が壊れた。


 だが、止めようとする者も止められる者も居ない。


 ただみんなそれを眺める事しかできない。


 ぞろぞろと水の巨人を追いかける。


 俺も流石にこれを見なかったことにして宿に戻る気にはなれなかった。

 雨の影響でこうなったのは明白だ。


 それを指示したものとしてどうなるのかを見届ける必要がある。


 正直、ワクワクしているのも確かだったが。


「こうなっては止まりませんわ。アーグ男爵の館にも魔導士は居るでしょうが……」

「逃げ出すだろ。こんな巨大な水が人の形をして歩いてくるなら」


 そう言うとアレクシアが笑った。


「そうですわね。出来れば混乱に乗じて水の精霊も解放したいのですけれど」

「その辺りは慎重にやらないとな。中にいるかもわかってないんだ」

「ええ。勿論。ですが、居るのは間違いありませんわ」


 アレクシアはそう言って、歩き出す。

 俺を含めて他の三人はそれに続いた。

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