第109話 準備完了

 ヨハネは小さめの木箱を抱えながら戻ってきた。

 机の上に木箱を置き、中身を出す。


「これで揃ったな?」

「ええ、十分ですわ」


 アレクシアが一つ一つ確認し、問題ない事を確認する。


「終わりました」


 アズが渡された紙通りに地面に図を描き終わった。


「結構器用じゃないか」

「そうですか? ありがとうございます」


 褒められたアズが嬉しそうに言う。


「それじゃあ準備します」

「ああ、頼む」


 アレクシアが地面の図に触媒を配置していく。

 ヨハネから見れば何をしているのかまるで分からない。

 だが、アレクシアの表情は真剣だったので何を口を挟まなかった。


 用意した触媒は全て図の上で配置されると、魔法陣が形成される。


「アズ、こっちへ」

「はい」


 魔法陣の中でアレクシアに手を引かれ、アズがその中心に来る。


「魔法陣の起動には時間と魔力が掛かります。本番は明日だけど、今から起動だけはしておきますわ」

「えと、どうすれば?」

「私の手を握っているだけでいいわ」


 アズの手を握ったまま、アレクシアが目を瞑る。

 それを見たアズが真似て目を瞑る。


 アレクシアの足元から地面の魔法陣へと光が伝わっていく。

 魔力が流れているのだ。


 エルザが二人へ祝福を行う。

 祝福には魔力そのものを増やす効果は無いが、消費を抑える効果があるようだ。

 魔法の効果も高められる。


 アズはさしずめ魔力タンクといったところか。


 やがて魔方陣全てに光が通ると、アレクシアがふらついた。

 倒れ込んでは大変だ。急いで支えにいく。


 フードから少しだけ顔が見えたが、少し生気がない。


「大丈夫ですわ……」


 そう言いながらも、足に力が入らない様だ。

 アズはそれほどではない。

 少しだけ汗をにじませている程度だ。


 あくまでアズは補佐で、やはりアレクシアに負担が行くのだろう。

 こちらの肩にアレクシアの手を回し、椅子に座らせる。


 飲み物を口元に持っていくと、アレクシアは素直にコップに口をつけて飲み込んだ。


「思ったよりも消耗が激しかっただけです」


 少しずつではあるが、アレクシアに元気が戻ってきた。


「これで準備は終わったのか?」

「ええ。魔法そのものは起動しました。発動まで時間が掛かるので、明日に発動させます」

「それはどれぐらい魔力を使うんだ? 平気なのか?」

「あら、心配してくれるんですの? 大丈夫、今日ほど消耗はしませんわ」


 そう言って、コップを自分で持って再び中身を飲み込む。


 ヨハネは地面の魔法陣を眺める。

 光は青く光っており、触媒が輝いている。


 例えどれほど魔法に無頓着な者でも、この魔法陣の前に立てばハッキリと何かを感じるだろう。

 魔法陣の前に立つだけで、湖を前にした時のような涼しさを感じた。


「これ、もし誰かが魔法陣を消したりしたらどうなるんだ?」

「魔法自体は消えませんわ。でも発動した後の補助にも使うから消えると困りますわね」

「見張りが必要か」


 ヨハネはそう言うと、そのまま冒険者組合に行って依頼書を作成する。

 フィンへの呼び出しだった。


「ちょっと気軽に使いすぎじゃない? しかも夜通しの見張りとか嘘でしょ?」


 フィンは運よくまだこの都市に滞在していた。


「明日は雨を降らせるからあいつ等は休ませておきたい」

「私が休めないんだけど……」

「そこは仕事という事で、な」

「仕方ないな、はぁ」


 溜息を付いてフィンは了承した。

 一日見張るだけで今回は金貨二枚だ。


「ずいぶん仲が良いんですね」


 アズの元へ戻ると、アズがそう言って近づいてきた。

 心なしかいつもより機嫌が悪い気もする。


「金で動く人間はその金の範囲内で信用できるからな」

「私はどうですか? 信用、出来ますか?」

「それこそ今更だろう」

「聞いてみただけです」


 そう言ってアズは手を後ろに組んで横に並ぶ。


 暫く魔法陣を眺めた後、フィンに見張りを任せて宿に戻る。

 フィンは暗がりに紛れて魔法陣を監視するらしい。


 基本的には姿を見せないのが流儀だとかなんとか。


 アレクシアは宿につくなり、すぐに横になってしまった。

 夜更かしをする理由もない。

 全員すぐに寝て、明日に備えることにした。






 そして迎えた次の日。

 奴隷達を引き連れて魔法陣がある場所に行くと、フィンが両手を叩いて埃を落としていた。

 男数人が縄に縛られている。


「おはよう。私に全部任せておいてよく眠れた?」

「ああ、信じられないくらい快眠だった」


 そう言うと、フィンはやれやれというように鼻を鳴らした。


「それは良かったわね。こいつ等魔法陣を消そうとしてたわ」

「ふぅん、都市の人か?」

「そうだけど、そうじゃないわ。裏で水を高値で売ってた屑どもよ。役人につき出せば? 私の仕事はこれで終わりだから」


 そう言ってフィンは金を受け取ると居なくなる。


 さて、こいつ等はどうしようかと思っていると都市の人間たちが引き摺って行った。

 恐らく水を高値で買わされた人なのだろう。


 そのまま見なかったことにする。


 アレクシアはフードを被ったままだ。

 正直、正体がバレても問題ないとは思うのだが……本人の好きにさせた方が良いだろう。


 都市の人達は朝早いというのに、雨を降らせる魔法を見る為に集まり始めていた。

 これで失敗しましたとなると、少し後が怖い。


 だが、信頼してアレクシアに任せる。


 アレクシアは杖代わりに何時もの戦斧を魔法陣の中心に据え、左手でアズの手を握る。


 エルザの祝福を合図に、魔法を発動させた。



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