第107話 侯爵家の三男坊

 次の日、アレクシアと顔を合わせると顔色は随分よくなっていた。

 魔力の事に関しては良く分からないが、一晩あればある程度は回復するらしい。


 とはいえ、流石に連日昨日のような消耗をさせる訳にはいかない。

 朝と昼の間にある程度の休憩時間を設けることにした。


 商売許可書をギルドから買い、昨日と同じ場所で机を並べる。

 机は宿から借りた。

 簡易的ではあるが、店構えとしては悪くない。


 水を格安で販売しているからか、今のところ都市全体から好印象に受け止められているようだ。


 準備をしていると、昨日ほどでは無いが既に人が集まり始めている。


「本当に大丈夫なんだな?」

「相変わらず随分過保護なんですのね。問題ありませんわ」

「きつくなったら何かしら合図をしろ」

「ええ」


 昨日と同じくアズを売り子にし、周囲に販売を知らせる。

 先頭に並んだのは少年だった。


 銅貨一枚を受け取り、少年がもっていた器に水を満たす。

 それから手際よく水を売り続けた。


 大行列、というほどでは無いが人は絶えない。

 昨日のアレクシアの頑張りで、ある程度は行き渡ったという事だろう。


 だが水は毎日の消耗品だ。土地が潤いを取り戻さなければ意味が無い。


 一旦行列が途絶えたので、朝の販売を終えようと考えていると最後に並んでいた青年が布袋の水筒をアズに渡す。


「これに水をお願いします。銅貨一枚とは安いですね」

「お預かりしますね」


 布袋を受け取ったアズはアレクシアにそれを渡す。

 みるみるうちに水の魔法で中が満たされる。


「流石にこの状態で、沢山お金を受け取る訳にはいきませんから」


 銅貨一枚を受け取りながら返答すると、青年は大きくうなずいた。


 青年のガタイは良い。

 青い髪を伸ばしており、それを無造作に縛っているがそれが良く似合っていた。

 好青年という感じだ。

 それにどことなく気品を感じさせた。

 目が合うと、そのブラウンの目からは強い意志を感じさせる。


「この光景には驚きました。領主……、ああ以前の領主に会えればと思ったのですが、亡くなっていたので残念です」

「そうみたいですね」

「彼にはお世話になりました。旅が終わったのでもう一度会って話がしたかったのですがね。娘のアレクシア嬢も行方不明とか」


 フードを被ったアレクシアが一瞬反応する。

 もしかしたら知り合いなのかもしれない。


「我々も昨日来たのでなんとも」

「ああ、そうですよね。すみません。つい愚痴を」

「いえ。どうぞ」


 水が満たされた布袋をアズが持ってきたのでそれを渡す。


「ありがとう。貴方たちの行いで沢山の人が助かっていると思います」


 青年はそう言うと立ち去った。

 一度休憩の為に店を閉める。


 何人か買いに来た客には、後ほどまた販売する事を知らせた。


「さっきの青年、もしかして知り合いか?」

「……いえ、知りませんわ。父の知り合いにも居なかったような」


 フードを被ったままアレクシアが考え込む。

 休憩を挟んだからかまだ余裕がありそうだ。


 アズとエルザには大量に集まった銅貨を換金させに行っている。

 手数料を考えても流石に持ち運ぶのが手間だ。

 最低でも銀貨にしなくては。


「ですが、覚えがある気はしますわ……何処で会ったのか」


 アズ達が戻ってきた。

 袋一つ分の銀貨に一枚の金貨か。

 単価の割には悪くないな。


 黒パンとチーズをかじり、簡単な食事をすませる。

 そろそろ再開しようかという時に、アレクシアが小さく声を出す。


「思い出しましたわ。あの髪の色。ずっと昔、私がまだ幼い頃に父が修行のために預かった少年です」

「ほう。確か貴族では二男以降は外の家に預けるんだったか」

「ええ。確か二年ほど滞在しました。父が良く可愛がっていたのは覚えてますわ。多分私よりも。本当は息子が欲しかったんでしょうね」


 フードから覗くアレクシアの顔は寂しそうに見えた。


「名前は確かカロルス。マグヌス侯爵家の三男ですわ。確か成人と共に旅に出たはず」


 マグヌス侯爵家。

 その名前に思わず身体が反応した。


 驚いたと言わざる負えない。


 なぜならその名前は、敵対貴族としてフィンから渡された紙に載っていたからだ。


 というか寄親の敵対貴族の子供を預かっていたのか。

 豪胆というか、貴族としては無茶をする。


 マグヌス侯爵家は元々元老院の一席に座っていたが、当時の皇帝との確執で元老院から降りたという話がある。

 帝国内の武闘派を率いる家の一つだ。


 皇帝が代替わりし、ほとぼりが冷めた頃を見計らい再び元老院入りを画策している、とフィンの資料にあった。


 武闘派同士、もしかしたらアレクシアの父親とマグヌス家の当主は仲が良かったのかもしれない。

 マグヌス家がこの都市の寄親なら多分上手くいったんだろうなと思った。


 しかしそうなるとアレクシアはうちに居なかったわけで、それはそれで困る。


 おっと、そろそろ休憩が長引くな。

 水売りを再開せねば。


 なんとかあの青年と協力できれば突破口が開けるかもしれないな。


 その日も水を売り続ける。

 中には雨を降らせてくれないか? という話もあった。


「限られた場所なら出来なくはありませんが、それをするとその日は何もできなくなりますわね」

「出来るのかよ」

「火と水の混合魔法なのでこれが効きますから」


 そう言って火のブローチを掲げる。


 とはいえ、そんな魔法を都市内で使うのは難しいだろう。

 そう思っていたら役人から簡単に許可が出た。


 一度都市を雨で洗い流して欲しいらしい。

 久しく雨が降っていないので衛生的にも必要だとか。


 明日は雨を降らせるとするか。

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