第106話 見えてきた敵

 ずっと水を売り続けて夕方になる頃、役人が販売を止めてきた。

 無理もない。


 この調子では夜中も含めて一日中人が並ぶ羽目になる。


 それにアレクシアの様子も気になった。

 丸一日魔法で水を生成している。

 幾らなんでもこれ以上は厳しいだろう。


 初日にしてそれなりの量の水が行き渡った筈だ。

 売るのは今並んでいる客までとして、その日は水の販売を終えた。


 次は何時販売するのか、という問いに対してはアレクシアの方を見る。

 フードを被っていて分かりにくいが、かなり消耗していた。


 大事を取って一日間を開けるべきか小声で尋ねると、アレクシアが首を振った。


「明日も、やりますわ」


 アレクシアの返答で安心した人々はようやく解散する。

 明日も同じ量を売るなら暴挙に出る者も居ないだろう。


 だがフードから覗く彼女の顔は少しやつれており、疲労困憊という感じだ。

 流石にこの状態で馬車の中で寝ていては体がもたない。


 馬車を元に戻し、宿に向かう。

 近くの宿は宿はこじんまりとしているが、中は綺麗なものだった。


 宿の主は水を買いに来た一人だったので歓迎された。


 二人部屋を二つ借りる。

 宿の風呂は流石に使用不可だったので、予備の水を一部使って体を拭く。


 流石にアレクシアをこれ以上酷使するのは危険だ。


「アズから魔力を分けて貰いたいから、アズと同じ部屋にして欲しいですわ」


 アレクシアがそう言うので、俺はエルザと同室になった。

 一応心配なのでアレクシアの泊まった部屋に食べ物を持って顔を出すと、アズと手を握って瞑想をしていた。


 青ざめた顔色が少しずつ良くなっていく。

 しばらくすると、アレクシアの体調は大分良くなった。


「ふぅ……。アズ、ありがとう。ここまで回復したらもう大丈夫。覚悟はしていましたが、流石にこたえますわね」

「お疲れ様です」

「ええ、ひとまず何とかなってよかったわ。あら、居ましたの」


 ようやく俺に気付いたようだ。

 アズはとっくに気付いていたというのに。


 やはり疲れ自体は残っているのだろう。

 パンに炙った干し肉と野菜を挟んだものを二人に渡す。


「本当に大丈夫なのか?」

「問題ありませんわ。私は誰だと思っているの? それに、まだ全然足りませんわ」

「元々この街で必要とする水をお前ひとりで賄うのは無茶な話だ」

「それは分かっています」


 分かっていてもやる、とその顔は物語っていた。

 これ以上は止めるのも野暮か。


 アズに引き続きアレクシアの看病を任せる。

 任せてください、とのことだった。


 部屋に戻ると、エルザが長い髪をとかしていた。

 司祭服を脱いで、今は寝る為の服に着替えている。


 そうしていると、まるで気品のある令嬢という感じだ。


「エルザは疲れていないのか? ずっと後ろで水に祝福をかけていただろう」

「まあ、アレクシアちゃんよりは疲れませんよー。祝福はあくまで神の力を少しお借りしているだけですし」

「そうか。もう少しの間頑張ってくれ」

「それは勿論構いませんが……この後はどうするんですか?」


 エルザの疑問は尤もだ。

 ただ水を売るだけでは対症療法にしかならず、問題は解決しない。


 窓からコンコン、と音がする。


 窓を開けると、するりとフィンが部屋に入ってくる。


「やっほー。生きてる?」

「あら、貴女は……」

「どーも。司祭の人」


 フィンはエルザにそう言うと、早速俺に数枚の紙を見せる。

 受け取ろうとすると、紙の半分がすっと引かれた。


「おい」

「ここまでは受け取った金貨6枚分。残りは更に金貨3枚だよ」

「……とりあえず金貨6枚分を」


 フィンから紙の半分を受け取り、内容を見る。


 内容は主にアーグ男爵についてだ。

 寄り親の名前もある。


「元々は武闘派の貴族だったみたいだけど、最近は年の所為か色々と立ち回っているみたいだね」


 アーグ男爵の大まかな最近の動きが書かれていた。

 確かに金貨6枚分の情報はある。


「追加の金だ」


 フィンに金貨3枚を渡す。


「うんうん。ケチって良いことは無いからね。それじゃあまた宜しく」


 そう言ってフィンが窓から出ていった。

 普通に出入りはしないのだろうか。


 多分その方が楽なのかもしれないが。


「なるほど、密偵という訳ですか」

「ああ、思ったよりも優秀だ。最初は割と過激な奴だと思ったが……」


 追加の資料は主に寄り親の事についてだ。


 アレクシアの寄り親でもあった人物。

 伯爵の階級。


 そこに書いてある内容は、少しばかりきな臭さを感じさせる。


 エルザが隣に座り、内容を眺める。

 ふわりと鼻腔にエルザの匂いが届いた。


「帝国の元老院、ですか」

「ああ。近々席が一つ空く。その有力な候補の一人にこの伯爵の名前が挙がっているようだ」


 帝国の統治機関であり、それに名を連ねれば強力な権力と利権が手に入る。

 侯爵や公爵ならばともかく、伯爵が元老院に入るのは難しいはずだ。


 相当上手く立ち回っているに違いない。

 実際、推薦を受けるためにかなり精力的に動いているようだ。


「いつの世も、変わりませんねー」

「年寄り臭い事を言うな」


 贈り物なども欠かさない様子だ。

 恐らく、かなり力のある貴族が精霊石を欲しがったのだろう。


 だからアーグ男爵にこんな事をやらせているのではないだろうか。


 だが、元老院の席を誰もが欲しがるのはいっぱしの商人である俺ですら分かる。


 そしてご丁寧に、フィンは敵対貴族の名前も挙げていた。

 その中で最も高い位に居るのは侯爵位の人物。


 伯爵を相手にするには十分だ。

 問題はどうやって動かすか、だが。


 大義名分と、そもそも伝手がないこともある。

 時間を掛けすぎると間に合わない。


 さて、どうしたものか。



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