第105話 大行列

 エルザとアズも起きてきたので、アレクシアに協力してもらい湯で体を拭く。

 その後二人にも計画を話し、作戦を練る。


「良いと思いますよ。善行を積むことは尊いですから」

「お水が飲めないのは辛いと思います」

「よし、なら二人にも手伝ってもらいますわ」


 アレクシアは嬉しそうだった。

 どうなるかは未知数な部分があるが、水を売る事は無駄にはなるまい。


 再び都市に向かう。

 門番が立っていた。ただし、壁に背を預けている。


 昨日より顔色は良いので体調が戻ったようだ。


「何だ、お前達。また来たのか」

「ええ。今度はこの都市の皆さんにあるものを売ろうと思って」

「……今は何を売っても買わないと思うが。それに馬車の中身は空じゃないか。何を売るつもりなんだ?」

「水ですよ」


 水と聞いて、門番が険しい顔をする。


「水、か。確かに皆欲しがるだろう。そこの魔導士さんが魔法で水を作って売るのか?」

「ええ。司祭の祝福付きです」


 エルザは魔力がある訳ではないので祝福でもさせる。

 聖水は毒素を払うことも出来るらしく、丁度いい。


「俺も一応門番だ。昨日は水を貰ったことだしそのまま通したが、もし暴利で水を売るつもりなら流石に通せないぞ」

「まさか。水の値段はこうするつもりです」


 門番の耳に口を近づけ、そっと値段を告げる。

 値段を聞いた門番は少し面食らったようだ。


「本気か? 確かにその値段なら問題ないどころか、すぐに始めて欲しい位だが……それに大丈夫なのか? 凄い量の水を生成する事になるぞ」

「問題ありませんわ」


 アレクシアがフードを被ったまま答える。


「大したもんだ、分かったよ。通ってくれ」


 門番が都市に入る許可を出す。

 少し緊張したが、これで始められるな。


「おっと、待ってくれ。早速これで水を頼む」


 代金を受け取り、アレクシアが門番の水筒の中身を水で満たした。


「助かるよ。喉が渇いて仕方なかったんだ」

「ご苦労様」

「ああ。……今の声はどこかで」


 アレクシアの声に、門番が何かを思い出そうとした様子だった。

 なんせ領主の娘だったんだ。面識位はあるだろうな。




 門を通り、城壁に覆われた都市の中に入る。

 昨日よりも匂いが酷くなっている気がする。


 寂れてしまった広場で馬車を止める。

 アレクシアから聞いた話では、帝国内では道端で商売をすることは許可されている。

 勿論周囲に迷惑を掛けない事が前提だ。

 税金に関しては露店売りに関しては払わなくていいらしい。


 但し、都市から許可書を買わねばならない。

 これが実質税金という訳だ。


 まず馬車を止め、後ろの荷台から全員出る。

 許可書を買うついでに冒険者組合に行く。


 一応アーグ男爵に対する抗議も兼ねている。

 受付の女性に燃える石を売った際の事を話す。


「取引が成立しているなら、我々が出来ることはありません」


 予想していた答えが一言一句違わず帰ってきた。

 成立していなくても書面で注意程度のものらしく、意味が無い。


 王国も冒険者組合の地位が高い訳ではないが、ここは更に低い。

 冒険者はただの労働力と考えられているようで、貴族相手に冒険者組合は無力のようだ。


 夢がない。俺がこの都市で生まれ育っていれば奴隷を冒険者にはしなかっただろうな。

 仕事にあぶれた者たちの受け皿にはなっているのだろうが。 


 この辺りがそうなのか、帝国全体がそうなのかは気になるな。


 商売の許可書を買って組合から出る。

 銀貨二枚。これが今日一日分だ。


 馬車に戻ると、奴隷達が準備を終えていた。

 馬車の荷台の屋根を外し、机代わりにする。


 周囲の人々はこちらに関心がないのか、そんな元気もないのか殆ど気にも留めてない様だ。


 売る準備を終えたので、右手を口の横に添え、声が響くように大きく叫ぶ。

 アズは売り子だ。なんせ見た目が可愛いからな。


 アレクシアは今回フードを被ったままだし、エルザが前面に出ると施しかと思われてしまう。


「只今より、水をお売りします。値段は入れ物一杯につき銅貨一枚。銅貨一枚です! ただし抱えて持てるまでの大きさでお願いします!」


 そう大きく叫ぶと、近くで座り込んでいた男が勢いよく顔を上げる。

 そして慌てて家に入り、水瓶を抱えて走ってきた。


「お、おい」

「はい」

「今の本当なんだろうな?」

「勿論です。私は嘘をつきません」

「これ一杯に入れて貰っても銅貨1枚なのか!?」


 そう言って荷台に水瓶を置く。

 水瓶の大きさは男の顔より少し大きいくらいだった。


「ええ。水を買われていきますか?」

「あ、ああ。頼む。一杯に入れてくれ」


 男は何度も顔を頷かせる。

 商人が一番気持ちいいのは、求めている客に求めているものを売る時だ。


 なんせ、飛ぶように売れる。

 今回は慈善事業みたいなものだが、元手は要らないし許可書の分を差し引いても少しは金になるだろう。


「始めろ」

「ええ」


 アレクシアに声を掛け、魔法を使わせる。

 水瓶に向かってアレクシアが両手を向けると、みるみるうちに水瓶が水で満たされていく。


 男の顔は驚愕に染まっていた。

 水瓶が満たされると、男は銅貨一枚を置いてそそくさと水瓶を持ち帰る。


 それを見ていた周囲の人々がざわついた。

 当然だ。


 彼等が文字通り喉から手が出るほど欲しいものを目の前で売っている。


 すぐに別の客が慌てて桶を持ってきた。

 銅貨を一枚受け取り、水で満たす。


 そうしていると瞬く間に列が形成される。

 その中には都市の警備隊らしき人物も混ざっており、きちんと並ぶように周囲に声を掛けていた。


「平気か?」

「問題ありませんわ」


 アレクシアに声を掛けると、心配するなとでも言うように即座にアレクシアが答えた。


 中には大きな入れ物を持ってくるものも居たが、抱えられるまでの水のみとした。


 実際運べないからな。

 どうせ銅貨1枚なので文句も出ない。


 何周もする者も居たが、それらも制限しない。


 その日の夕方まで水を売り続けた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る